ICプロジェクト

 翌日、翔太しょうたの部屋を訪ねてきたのは架神かがみだった。彼は孝之たかゆき狼愛ろあを連れている。翔太は怪訝な顔をし、彼に訊ねる。

「一体、なんの用だい?」

 架神がここに来たことには大いに意味がある。彼は部屋の扉を閉め、それから三冊の冊子を取り出した。それらはそれぞれ、翔太、孝之、狼愛の手に渡される。表紙には「インスタント・チャイルド・プロジェクト」と書かれており、三人は首を傾げながら冊子を読み進める。



――その昔、狐火国は貧富の差が拡大し、多くの国民には経済的な余裕が確約されていなかった。貧困層が子供を生み、その子供が新たな貧民となる負の連鎖が続いていた。そこでICプロジェクトが立ち上がり、貧困層が子供を持つための妥協案がもたらされた。ICとは遺伝子操作された子供で、その寿命は長くても二十年程度だ。つまり彼らを育てるにあたって、その将来を安定させる必要はない。彼らは学費の高い学校に通う必要もなければ、将来に向けてコネクションを広げていく必要もないのだ。元より、ICはそういった愛玩動物としての特性に特化した命であった。


 当然、このようなプロジェクトには生命倫理の問題も関わってくる。ICの存在を公にすれば、ただちに遺伝子操作が禁止されるだろう。そこでチームはプロジェクトの内容を変え、ICを民間用ではなく軍事用に作りだすことを選んだ。


 ここで一つ浮かび上がってくる問題は、人間の脳の健全な発達には「親の愛情」が不可欠ということだ。例えば、ネグレクトを受けて育った三歳児の脳は、健全なものと比較すると萎縮したように小さいという。また、人間の脳の大部分は三歳までに形成されるという話もあり、チームはICも代理母がいなければ使い物にならないという結論に至った。そこで、製造されたICは皆、孤児院に預けられることとなった。ICは里親のもとで育てられ、いずれ軍隊に拉致されることとなる。


 ICは消耗品に等しい命であることから、実験にも使われた。人為的に天才を生み出す計画が立ち、架神が誕生した。彼はこの実験の成功例であることから、様々な天才型ICのベースにされた。翔太はまさに、架神の後継機に等しい命である。



――一先ず、その場にいる全員が冊子を読み終わった。衝撃的な真実を前に、翔太は震えていた。しかし彼には、現に心当たりがある。

「狼愛が感情を持たないのも、孝之が痛みを感じないのも……まさか……」

「察しが良いね。その方が軍にとって都合が良い。だから二人は、そういう風に作られたってところだろう」

「許せない……こんなの、絶対に……許せない!」

 翔太が怒りを覚えたのも無理はないだろう。この時、彼の脳裏には、正和まさかずの言葉が反芻していた。


「戦いたまえ! 杠葉翔太! 君はそのために生まれ、そのためにここに来たのだ!」


 今になって、翔太はその意味をよく理解した。彼は紛れもなく戦争のために生まれ、そのために狐火軍に入った身の上だ。そんな彼の苦しみを理解せず、狼愛は呟く。

「全てに筋が通っている。納得した」

 やはり彼女には、怒りを感じることなど出来ないのだろう。一方で、孝之は酷く取り乱している。

「オレたちは、人間らしい生き方を奪われた! 生まれる前から、アイツらに弄ばれていたのか! ふざけんな……ふざけんなぁ!」

 彼はこれまで、痛覚を感じないことで前途多難な人生を歩んできた。その全ての元凶がICプロジェクトであることを知った今、彼の抱えてきたあらゆる感情が怒りへと変わった。彼は力に身を任せ、必死に壁を殴り続ける。

「落ち着いて孝之! また怪我するよ!」

 翔太は孝之を取り押さえた。孝之の手は、すでに酷く出血している。

「ふざけんな……クソッ……クソ!」

 彼は息を荒げつつ、己の手に包帯を巻いた。

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