インスタント・チャイルド

羽生架神

 数日後、翔太しょうたはトレーニング室にて、対人シミュレーションに励んでいた。数多くの兵士たちが彼に挑んだが、彼らは皆惨敗した。今この瞬間も、彼は覚悟を決めようとしている。

「僕には守りたいものがある。僕は絶対に、誰にも負けるわけにはいかないんだ」

 もはや何者にも、彼を止めることは出来ないと思われていた。


 その時である。

「お前が例のルーキーか。面白そうだね」

 トレーニング室の入り口から、架神かがみが顔を覗かせた。その瞬間、室内の空気は凍り付き、翔太以外の全員が生唾を呑んだ。そして兵士たちは、その沈黙を破るように騒ぎ始める。

羽生はにゅう……!」

「あの架神が、戻ってきたのか!」

「目を離すなよ! アイツと翔太の戦いから!」

 周囲の反応から、翔太は全てを悟った。今この場に現れた美少年は、彼に引けを取らない実力者であるに違いない。

「僕は君を知らないけれど、受けて立つよ」

 翔太の心に火が点いた。彼からしてみれば、眼前の美少年は初対面の相手だ。しかし、当の架神は翔太のことを知っている様子だ。

「俺はお前を知っているよ……杠葉翔太」

「どこでそれを……!」

「いずれ全てを話すよ。俺もお前も、同じ血に呪われた同胞だからね」

 何やら穏やかな話ではなさそうだ。架神はポケットから数錠の錠剤を取り出し、それを一気に飲み込んだ。その様を目の前にして、翔太は彼に疑いをかける。

「ドーピングか?」

「いや、気にしないで欲しい。俺は持病が酷くてね……決められた時間に薬を飲まないといけない身の上なんだ」

 架神はそう説明したが、翔太の表情には疑念が籠っている。そこで架神の証人となるのは、孝之たかゆきである。

「信じてやってくれ。元々、アイツが一度軍を抜けたのも、持病が悪化したからなんだ。どういう風の吹き回しか、架神はここに戻ってきたけどな」

 翔太にとって、孝之は信頼の置ける友人だ。そんな彼の証言であれば、信用するには値するだろう。

「君が薬を必要としていることはわかったよ。勝負なら、受けて立つよ」

「ふっ……お前なら俺を楽しませてくれそうだね」

 ついに、一対一の戦いが始まった。二人はVRゴーグルを装着し、コックピットを操作していく。両者ともに、常人には理解のできない挙動で機龍を操作し、高度な読み合いを繰り広げていく。

「そこだ!」

 翔太の操縦するオボロヅキは、口にエネルギーを溜め始めた。

「甘いね」

 架神の機龍は何発ものミサイルを発射し、翔太の機体を狙う。オボロヅキから放たれた光線は、近距離に張り巡らされたミサイルに命中した。オボロヅキは凄まじい爆発に巻き込まれ、その表面を著しく損傷する。その上、爆撃の煙により、翔太は視界を塞がれている状態だ。

「まずい……!」

 彼がそう叫んだ時には、何もかもが手遅れだった。その背後に回った架神の機龍は、手元にエネルギーのようなもので出来た剣を携えている。この時、翔太はかろうじて、レーダーを頼りに相手の位置を把握していた。彼は咄嗟にオボロヅキを上空に飛ばしたが、その動きすらも架神に読まれていた。架神の機龍が持つ剣の刀身は、瞬時に何倍もの長さへと伸びる。翔太は瞬きをする暇さえも与えられず、オボロヅキを一刀両断されてしまう。そしてオボロヅキは、激しい爆発と共に木端微塵になった。


 架神の勝利だ。

「なるほど……少しはやるみたいだね」

 彼は翔太の実力を称え、ゴーグルを外した。その表情には、有り余るほどの余裕が宿っていた。



 その後、翔太は驚きの行動に出た。

「これで少しは、練習になるかな」

 彼は携帯でシミュレーターのサーバーにハッキングし、敵機を行動させるAIを書き換えたのだ。さっそく彼はトレーニングにのめり込み、以前より段違いで強くなった敵機と交戦していった。

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