管理された命

 それから二人は、夕方になるまで街中を練り歩いた。翔太しょうた狼愛ろあと一緒に写真を撮り、それをズボンのポケットに大切にしまっていた。他にも、彼は同じキーホルダーを二つ買い、そのうちの片方を狼愛に持たせていた。戦争に疲れていた彼も、この時だけは束の間の安息を覚えていた。


 しかし彼らは戦争のために生まれた命だ。


 二人の前に、一人の男が現れた。

「何をしている、杠葉翔太ゆずりはしょうた! 白金狼愛しろがねろあ!」

 正和まさかずだ。何やら彼は、二人を連れ戻しに来たようだ。

「どうしてここが……?」

 翔太は訊ねた。彼の知る限りでは、相手が己の居所を把握する術はないはずである。そこで正和は携帯を取り出し、二人を見つけ出した経緯を説明する。

「君たちは生まれつき、生体電流で稼働するナノマシンが体内に埋め込まれている。そのナノマシンが発している電波により、我々はすぐに君たちを見つけることが出来るというわけだ」

 それが本当のことであれば、とても正気の沙汰とは言い難い。その現実を呑み込めず、翔太は声を荒げる。

「僕たちは一体、君たちのなんなんだ! 何故、産まれた時から管理されているんだ!」

 酷く取り乱す彼の姿を前に、正和は深いため息をついた。正和は狼愛の方へと目を遣り、指示を下す。

「白金狼愛、スカイネストに戻りたまえ。ヘリコプターは手配している」

「了解」

 感情を持たない狼愛は、すぐに命令を聞き入れた。続いて正和は翔太を見つめ、脅迫に近い忠告をする。

「君も、狼愛を野放しにはしたくないだろう。自分で持ち出したメタルコメットで帰りたまえ」

 確かに、狼愛一人を狐火軍に配属させるわけにはいかないだろう。

「……了解」

 翔太は不服そうだったが、やむなく正和の指示に従うことにした。こうして正和と狼愛は大型ヘリコプターに乗り、翔太は海岸へと向かった。風により白砂を浴びたメタルコメットの周囲には、無垢な子供が集っている。

「これ何?」

「スゲェ! カッコイイ!」

「俺も乗りてぇ!」

 戦争の事情を知らない子供からすれば、近未来的な外見の戦闘機に憧れる気持ちは至って自然なものだろう。そんな彼らを掻き分け、翔太は言う。

「どいたどいた。これは玩具じゃないんだ。危ないから下がってて」

 彼に言われるまま、子供たちは退いた。翔太はコックピットに乗り、メタルコメットを滑走させる。機体は砂浜と海の狭間で浮かび上がり、そのまま空の彼方へと消えていった。

「良いなぁ……」

「俺も乗せてもらえば良かった」

「そこで売ってるのかな?」

 空に残る飛行機雲を見上げつつ、子供たちはいつまでもそんな話をしていた。



 *



 その頃、とある施設の応接間にて、二人の人物が話し合っていた。片方は初老の男で、もう片方は金髪の美少年だ。両者は向かい合うように長椅子に腰掛けている。

羽生架神はにゅうかがみくん。我が軍に戻ろうとは思わんかね?」

「また俺を利用するつもりかい? 元帥」

「もちろん、タダとは言わないさ」

 初老の男は、狐火軍の元帥だ。彼の誘いを受け、架神という少年はこの応接間に招かれたらしい。

「……いくらだ?」

 架神は訊ねた。元帥は頭を悩ませ、しばし考え込んだ。

「三億サクルは出そう」

 それが彼の提示した金額だ。

「当然、薬も支給してくれるんだろうね。俺の老い先が短いのは、お前のせいでもあるんだから」

「……そこまで知っていたのか。まあ、良いだろう。薬も支給しようではないか」

 何やら不穏な話だ。架神は突如立ち上がり、応接間の中を歩き回り始めた。

「地獄の沙汰もなんとやら……だね。それにしても、以前よりまして成金臭い部屋になったもんだ」

「気に入っていただけたかね?」

「まさか。だが安心しろ。俺はお前みたいな可哀想なジジイのために戦ってやるからよ」

 交渉は成立だ。架神は妖しげな微笑みを浮かべ、部屋を後にした。

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