外の空気

 あれから一週間が経ち、狼愛ろあは奇跡的な回復を遂げた。そんな彼女の前に真っ先に駆けつけたのは、翔太しょうたである。

「狼愛! 怪我はもう大丈夫なの?」

「大丈夫。これから、トレーニングルームに向かう。ブランクが長いと、腕が落ちるから」

 狼愛はすでに準備万端だ。さっそく、彼女は医務室を去ろうとする。それを引き止め、翔太はある提案をする。

「少し、おでかけしない?」

「おでかけ……?」

「狼愛が狼愛らしく生きられるようにさ。これから楽しいことをしていきたいと思ってね」

 何やら彼は、狼愛に感情が芽生える可能性を諦めていないようだ。無論、当の狼愛はその可能性を望んですらいない様子だ。

「楽しさなんて、私は感じない」

「まだわからないよ。君はずっとこの軍で戦ってきたんでしょ? だったら、まだ楽しいことは十分に試してないよ」

「無意味なことを試す価値はない」

 それが彼女の答えである。翔太は肩を落とし、ため息をついた。やはり彼には、狼愛を説得することは難しいのだろう。


 その時である。

「行ってみろよ、狼愛」

 医務室の扉から、松葉杖をついた孝之たかゆきが現れた。


 狼愛は彼の方に目を遣り、こう言い放つ。

「私が身勝手な行動をすれば、軍に迷惑がかかる」

 その言い分も一理あるだろう。しかし、孝之は深いため息をつき、彼女に真っ向から反論する。

「違うだろ。身勝手な軍がオレたちに迷惑をかけてるんだよ。オレたちが人間らしく生きることで潰れる軍なんか、潰れちまえば良い」

 彼の言説もまたもっともだ。翔太は深々と頷き、狼愛の手を掴む。

「行こう、狼愛! 感情がわかれば、僕のことも、孝之のこともよくわかるようになるから!」

 それから彼はスカイネストの屋上に狼愛を連れ込み、彼女をメタルコメットに乗せた。この機龍を操縦するのは、翔太だ。

「メタルコメット、発進!」

 メタルコメットは二人を乗せ、空の彼方へと消えていった。



 二人が到着したのは、とある海岸だ。その場所を区切る並木の奥には、地平線を埋め尽くすほどのビル群がある。

「ここならたくさん遊べそうだね、狼愛! 例えばカラオケとか……」

「カラオケ?」

「あ、でも狼愛は歌とか聞かないよね。じゃあ、食べ歩きかな」

 歌を知らない者をカラオケに連れていくメリットはない。翔太は狼愛を連れ、先ずは街中に入った。


 それから二人は、チーズハットグやハンバーグカレー、クレープなどを食べて回った。狼愛の口の周りには生クリームとチョコがついており、翔太はそれを自前のハンカチで拭う。

「美味しかった?」

「多分。私にも一応、味覚はあるけど、味の好みは特に……」

「いや、それはきっと、美味しかったんだよ」

 そんな淡い希望を信じ、翔太は笑った。狼愛は無表情のまま首を傾げ、彼に訊ねる。

「貴方はどうして、私に期待しているの? 期待なんて抱くだけ、無駄なことなのに」

 翔太に突きつけられた疑問は、簡単に解消できるものではない。ましてや、相手が感情を持たないのであればなおさらである。それでも彼は、必死に言葉を紡いでいく。

「狼愛。君は僕にとっての、数少ない希望なんだ」

「希望……?」

「君を君らしくするという目標があるから、僕はあの軍の下でも生きていける。君がいるから、僕は戦いに命を張れるんだ」

 そう――彼にとって、狼愛は砂漠に咲いた一輪の花に等しい存在だ。無論、当の狼愛にはそうした愛着を理解することは難しい。今理解できる最大限の事柄をもってして、彼女は言う。

「私には、翔太を理解できない。しかし、狐火軍の主戦力である貴方が、私のためであれば戦えるというのなら……私はずっと貴方の側にいる」

 少なからず、二人の関係には進展があったようだ。

「狼愛、ありがとう」

 翔太は屈託のない微笑みを浮かべた。

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