帰還

 その日の夜、スカイネストは荒野の付近に停まっていた。明日も戦場に向かうため、兵士たちはトレーニングに励んでいた。そんな中、一機のメタルコメットが帰還してきた。そこに乗っていたのは、満身創痍の状態の男女だ。一人は孝之たかゆき、もう一人は狼愛ろあである。狼愛は包帯に包まれた体を引きずり、トレーニング室へと向かっていた。当然、孝之はそんな彼女を引き留めようとする。

「ダメだ、狼愛! アンタは医務室で休め!」

「私の敗因は、こちらに墜落してくる敵機への対処が遅れたこと。あの感覚を忘れないうちに、シミュレーションを行わなければいけない」

「狼愛!」

 彼は彼女の細い腕を掴んだ。狼愛はそれを振り払い、激しく咳き込む。彼女の口からは、鮮血が滴っていた。


 そこに現れたのは、一人の少年だ。

「狼愛! 孝之!」

 杠葉翔太ゆずりはしょうただ。傷だらけの二人を見て、彼は生唾を呑んだ。孝之は安堵の籠った微笑みを浮かべ、彼に頼み込む。

「翔太! アンタも止めてくれ! 狼愛は今、手当てを受けないとまずい状態なんだ! 見ての通りな!」

 孝之は決して、翔太を憎みはしなかった。そんな彼の人の良さに、翔太はかえって罪悪感を覚えるばかりだ。

「孝之は、僕が憎くないのかい? 僕が自分一人だけ戦争から逃げ出さなかったら、君たちはこんな目に遭わなかったかも知れないのに……」

「今回、狼愛を助けたのは、オレが勝手にやったことだ。その責任を誰かに求めるようじゃ、男じゃねぇだろ」

「孝之……」

 戦いを拒んだ彼とは対照的に、孝之は漢気を持っていた。もはや翔太に立つ瀬はないだろう。

「それよりも、だ。今は狼愛を医務室に連れてかないと!」

「そうだね、孝之!」

 二人はそう言うと、必死に狼愛の腕を掴もうとした。しかし狼愛は傷だらけの体を無理に動かし、激しく抵抗した。己の身の危険を省みない彼女にあるのは、戦争に対する使命感だけだ。


 その時である。

白金狼愛しろがねろあ。医務室に行きたまえ。これは命令だ」

 そんな指示を下しつつ、その場に正和が現れた。

「……了解」

 狼愛はすぐに抵抗をやめ、医務室へと向かった。そんな彼女の後ろ姿を横目に、正和は翔太を責める。

「杠葉翔太。全部、君が招いたことだよ。君が戦わなければ、君の大切な人は失われる。それが戦争というものなのだよ」

 その言葉に、翔太は何も言い返せなかった。それでも孝之は、彼を必死に庇う。

「アンタがオレたちを誘拐しなければ、こんなことにはならなかった! 戦争なんか起きなければ、こんなことにはならなかった! 翔太はアンタの被害者だろ! 大佐!」

「戦争が起きたことに関しては、誰も悪くない。だが、彼の考えの甘さが今回の悲劇を招いたのだ。命があるだけ、運が良かったと思いたまえ」

「大佐ァ!」

 孝之は激怒した。激昂する彼を冷めた目で睨みつつ、正和は次の指示を出す。

「今は興奮しない方が良い。才原孝之さいばらたかゆき……君も医務室に行きたまえ」

 確かに、孝之もまた治療が必要な状態だ。彼は怒りに身を任せ、壁を勢いよく殴った。痛みや加減を知らない彼の拳は、わずかに出血している。

「翔太! 深く悩まなくても良いからな! 少なくとも、オレはアンタを恨んでねぇからな!」

 孝之はそう言い残し、その場を後にした。正和は深いため息をつき、今度はその目を翔太の方に向ける。

「私は今、非常に苛立っている。君を見ていると、無性に怒りがこみあげてくる。部屋に戻りたまえ……杠葉翔太」

「……了解」

「早く消え失せたまえ! 君は本当に愚かだ!」

 正和の上げた怒号は、艦内の廊下に響き渡った。翔太は軽く会釈をし、自室へと戻っていった。



 薄暗い部屋の中、翔太はふと呟く。

「父さん……会いたいよ。僕、また父さんと遊びに行きたいよ」

 それは彼自身の抱える、切実な願いだった。

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