心の変化

 翌日、狐火きつねび軍は再び荒野に赴くこととなった。狼愛ろあ孝之たかゆきはまだ療養中であり、軍の頼みの綱は彼一人だけと言っても過言ではない。翔太しょうたは医務室を訪ね、先ずは二人に声をかける。

「狼愛、孝之。僕、戦うよ」

 あの悲劇から一晩が経ち、彼の考えは変わったようだ。

「その意気だぞ、翔太。だけど身の危険を感じたら、すぐにでも逃げろよ?」

 この期に及んでもなお、孝之は翔太の身を案じていた。その横のベッドの中では、狼愛が怪訝な顔をする。

「何故、貴方が戦うの? 貴方は痛みも恐怖も感じるというのに」

 何やら彼女には、翔太の気持ちが理解できないようだ。もっとも、彼女自身が感情を有していないことを鑑みれば、それも無理はないことである。そこで翔太は彼女の手を握り、それを自らの胸に押し当てた。狼愛の掌を通じて、彼の心臓の鼓動や手の震えが伝わってくる。それでも翔太は、垢抜けたように勇敢な顔つきをしていた。

「確かに、僕には痛みも恐怖もある。だけど、僕には守りたいものが出来たんだ」

「守りたいもの……?」

「君と孝之だよ。国に強いられたことを国のためだと割り切ることは出来ないけど、僕は君たちのためなら戦える。君たちが生きている限り、僕は戦わなければならないんだ!」

 そう語った彼の目に迷いはない。その目には紛れもなく、彼自身の漢気が宿っていた。そんな彼を目の前にしても、狼愛は依然として無機質な表情のままだ。

「私には理解できない。昨日そこにあったはずの感情が、今日は別のものに置き換わっているようで。とても、同じ人間から出力された信号とは思えない」

 やはり、感情を理解することは彼女には難しいようだ。一方で、孝之は翔太の心意気を買っている。彼は狼愛の方に目を遣り、己の見解を述べる。

「オレにはわかる。だって、オレもアイツも男だから。理由はそれだけで十分だよ」

 彼自身もまた、狼愛を守るために命を尽くした身だ。そんな彼だからこそ、翔太の想いを理解できるのだろう。

「それじゃ、行ってくる」

 翔太はそう言い残し、医務室を後にした。



 先日の戦いにより、オボロヅキは大破した。今回の戦いで翔太が使うのは、機龍ではなくメタルコメットだ。さっそく彼はスカイネストの屋上に赴き、メタルコメットに搭乗する。

「メタルコメット、発進!」

 彼がレバーを引くと同時に、機体は助走を始める。そして彼のメタルコメットが飛び立つや否や、後続の無数の機体も滑走し始める。

「メタルコメット、発進!」

「メタルコメット、発進!」

「メタルコメット、発進!」

 何機ものメタルコメットは列を為し、ブーメランのような形を描きながら飛行する。長い飛行機雲は真っすぐと伸び、機体の軌跡を描いていく。

「もう二度と、アイツらにあんな無茶はさせられない。僕が……僕がやるしかないんだ!」

 そんな想いを胸に、翔太は荒野へと飛び去っていった。



 その様子は、医務室の窓からも眺めることが出来た。孝之はベッドから起き上がり、窓の外に目を遣る。

「翔太。今回の敵は本当に手ごわかったぞ。オボロヅキが大破した今、更に厳しい戦いになるだろうけど……絶対に生きて帰ってこいよ」

 そんな彼を引き留めるのは、狐火軍専属の軍医である。

才原さいばらさん。今はベッドの上で安静にしてください。特に、貴方は痛みを感じないのですから、怪我が知らないうちに悪化したら困るでしょう」

「良いだろ、少しくらい」

「貴方の体は、貴方一人のものではありません。貴方は貴重な、狐火軍の兵士ですから」

 孝之は狐火軍に利用されている駒だが、それゆえに曲がりなりにも身の危険を案じられているようだ。

「わかったよ。オレも早く、戦場に立たねぇとな」

 渋々軍医の指示に従い、孝之はベッドに横たわった。

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