心と痛み

 スカイネストに戻った後、狼愛ろあ翔太しょうたの方へと歩み寄った。怪訝な顔をする彼に対し、彼女は冷淡な一言を述べる。

「貴方が満点を叩き出したシミュレーターは、ゲームなんかじゃない」

 無論、翔太はその言葉の意味するところを理解していた。彼はシミュレーションでは高得点を叩き出したものの、戦場ではなんの役にも立てなかったのだ。

「誰なんだよ、君は」

 翔太は訊ねた。狼愛は表情一つ変えないまま、彼の質問に答えていく。

「私は白金狼愛しろがねろあ

「君は、自分が戦争に巻き込まれていることをなんとも思っていないの?」

「私の脳には生まれつき、感情など備わっていない」

「感情が……ない?」

 それは翔太にとって、耳を疑うべき発言だった。唖然とする彼に対し、狼愛はもう一度忠告をする。

「今日という日を生き延びただけでも、光栄に思いなさい」

 そう言い残した彼女は、すぐにその場を後にした。


 その時である。

「怖かったか? 初めての戦場は」

 突如、翔太は何者かに声をかけられた。彼が振り向くと、そこには赤い髪をした高身長の少年がいた。

「君は……?」

「オレは才原孝之さいばらたかゆき。アンタは確か、シミュレーションでスコアをカンストさせた……」

杠葉翔太ゆずりはしょうた

「そうだ、杠葉翔太って名前だったな! よろしくな!」

 先ほどまで戦争があったにも関わらず、孝之と名乗る少年は妙に陽気だった。一方で、翔太は浮かない顔をしている。

「孝之……か。君も、兵役を強要されたの?」

「ま、そんなところだよ。それよりアンタ、狼愛の奴に結構キツく言われてたな」

「……まあ、僕が戦わなかったのが悪いから」

 あの戦いを通じて、すでに彼には責任感が芽生えつつある。そんな彼に笑顔を見せ、孝之は言う。

「気にすんな。アイツには感情が理解できねぇんだ。だから遠慮なんかしねぇし、ズケズケとものを言う。おかげでアイツ、狐火軍でも孤立してるよ。正直、気の毒だとは思うんだけどさ、オレもなんて声をかけて良いのかわからねぇのよ」

 何やら、この少年は悪い人物ではなさそうだ。そこで翔太は、次の質問に移る。

「狼愛は、生まれつき感情がないと言っていたね。そんな例は聞いたことがないんだけど……」

「オレも聞いたことがねぇな。だけど、アイツに感情が無いのは本当だと思う。狼愛の奴、しょっちゅうシミュレーションにのめり込んでは力尽きて倒れてるからな。まあ、オレが言えたことでもねぇんだけどよ」

「君に言えたことではないって、どういうこと?」

 次から次へと湧き出てくる情報に、翔太はついていくのがやっとだ。孝之は愛想笑いを浮かべ、自分の置かれている境遇について語る。

「オレは生まれつき、痛覚や寒さ、暑さなんかを感じねぇんだ。だから戦場で風邪を引いたり、熱中症になったりするし、時には無自覚に骨折するようなこともある。こんなんだから、熱い飲み物を飲むことさえ回避するようになっちまったよ」

 どうやら彼にも、彼なりの事情があるようだ。

「そっか。ところで孝之は、戦争が怖くないの?」

 それは翔太自身にとって、最も重要な質問である。孝之はしばし迷い、それから答えを出す。

「……怖いね。だけどオレは、オレを育ててくれた両親のために狐火を護りたいと思ってる」

「孝之……」

「オレ、元々は孤児だったらしいんだ。オフクロもオヤジも、痛覚のないオレを引き取って細心の注意を払いながら育ててくれた。だからさ、恩返しがしてぇんだよ」

 彼の境遇は、聞けば聞くほど壮絶なものであった。

「君の血縁上の両親は、どうしてるのかな」

「さあな。多分、オレの面倒を見ることに限界を感じて、オレを捨てたんじゃねぇかな。ま、そんな暗い話は置いといてさ。メシでも食いに行かね?」

「うん、そうだね」

 すっかり打ち解けた二人は、すぐに食堂へと向かった。

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