出陣

 翌日、正和まさかず翔太しょうたをとある部屋に案内した。そこには二機の機龍が収納されており、一方は銀色、もう一方は黒色の装甲をしている。

杠葉翔太ゆずりはしょうた……君にはオボロヅキのパイロットになってもらう」

「オボロヅキ?」

「そこにある銀色の機龍だ。シミュレーションで私に見せた力を、さっそく発揮してもらう」

 ついにこの時が来た。翔太は気乗りしなかったが、彼に逆らう気力も持ち合わせていなかった。ただ一つだけ、彼は疑問を抱いている。

「僕の知っている限りでは、遠隔操作に対応している機龍もある。何故わざわざ、生身の体でコックピットに乗る必要があるの?」

 彼は質問した。正和は彼の素朴な疑問に答える。

「かつては我が軍も、遠隔操作に対応した機龍を使っていた。しかし、そういった類の機体はジャミングされ、ことごとく撃墜されていった。最悪の場合、こちらの機龍がハッキングを受け、敵国の駒と化すこともあるだろう」

 ゆえに、兵士たちは死の危険を背負って戦場に赴く必要がある。翔太は依然として不服そうな表情をしていたが、正和の言い分には納得した。

「わかったよ。行ってくる」

 彼はオボロヅキから伸びている梯子を登り、コックピットに搭乗した。直後、梯子はゆっくりと収納され、機体の節々が青く光る。

「オボロヅキ……発進!」

 翔太の掛け声と同時に、オボロヅキは空へと飛び立った。



 彼が到着した場所は、無数のレーザー光線の飛び交う大気圏外だった。彼の目の前で、何機もの戦闘機が撃ち落とされていく。宙には全身を火傷した数多の死骸が踊っており、その凄惨な光景を前に翔太は息を呑む。

「僕が攻撃を仕掛ければ……人が死ぬ……」

 年端もいかない彼にはまだ、人を殺す勇気などない。彼の操縦するオボロヅキは、ただ己の身を守り続けるだけだ。通信機越しに、正和の声が聞こえてくる。

「戦いたまえ! 杠葉翔太! 君はそのために生まれ、そのためにここに来たのだ!」

 そんな指示を受けてもなお、翔太が敵機を攻撃する様子はない。彼はただ、眼前で繰り広げられる戦争を前に震えるばかりだ。


 そこに現れたのは、一機の戦闘機である。

「こちら白金狼愛しろがねろあ。これより、敵陣のメタルコメットを一掃します」

 今度は、通信機越しに女の声が聞こえてきた。狼愛を名乗る人物の操縦する機体は、他の戦闘機とは一線を画する挙動で飛び回っている。あらゆる攻撃をかわしつつ、淡々と敵機を狙撃していく。その動きには、一切の迷いがない。やがて敵陣の機体のほとんどが撃墜され、残るは一機の機龍だけとなった。先ほどまで無双していた戦闘機のコックピットには、銀髪の少女が腰掛けている。

蟒蛇うわばみ大佐。もはや杠葉翔太は使い物になりません。敵陣の機龍に向けて、一斉射撃の許可を。どうぞ」

 戦場に立たされているにも関わらず、狼愛は妙に冷静だった。彼女からの通信に対し、正和はすぐに返答する。

「一斉射撃を許可する。各自、あの機龍を狙撃したまえ!」

 その一声により、狐火軍の戦闘機は一斉に敵の機龍の方を向いた。直後、無数のレーザー光線が発射され、敵陣の青い機龍は撃墜される。


 一先ず、今回の敵は殲滅した。


 その場を取り仕切るのは、当然ながら正和だ。

「任務完了。各自、これより帰還したまえ」

 生き残った兵士たちは、次々に地球へと戻っていった。翔太はコックピットの壁を殴り、握り拳を震わせる。彼の目の前では、戦死した者たちの亡骸が無重力の世界で浮遊している。その光景は彼にとって、吐き気を催すものであった。

「どうして、同じ人間同士で殺し合わなきゃいけないんだ。誰が、こんなことを望んだんだ!」

 そんな嘆きは、誰の胸にも届かない。翔太は肩を落とし、操縦桿に手を伸ばす。彼はため息をつき、帰還していく戦闘機の群れの後に続いた。

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