訓練

 翔太しょうたは目隠しを外された。彼の目の前には、鉄の壁に覆われた廊下があった。彼が窓の外に目を遣れば、そこには雲に覆われた青空が見える。更に、翔太が窓から真下を見下ろしてみれば、そこには広大な海が広がっているだけだ。


 そんな彼の横に立っていたのは、一人の短髪の男である。

「さっそく、シミュレーションを行う。ついてこい」

 男は言った。無論、突然誘拐された翔太は困惑しており、とても現状を呑み込める状態ではない。

「君は一体誰だ! 僕をどうするつもりだ!」

「私は蟒蛇正和うわばみまさかず……狐火軍の大佐だ。今から君には『機龍』の操縦のシミュレーションを受けてもらう」

「機龍? 僕を戦争に巻き込む気か!」

 思わず憤った翔太は、すぐに眼前の男の胸倉を掴んだ。しかし正和は冷静な表情のまま、彼を真っすぐと睨みつける。

「私を黙らせたところで、君に選択の余地はない。これは私の取り決めではなく、軍の取り決めなのだ」

「僕はまだ十三歳なのに、兵役? どうなってるんだ、この国は!」

「杠葉翔太。君は消耗品なんだ。君は、この国を守るために生まれてきたのだ。さあ、私についてきたまえ!」

「……いつか必ず、脱走するから」

 翔太はため息をつき、正和を降ろした。正和は彼を連れ、トレーニング室に案内した。



 この日、翔太は初めてコックピットを触った。彼の目の前にあるモニターには、無数の機体が飛び交うシミュレーション画面が映し出されている。彼はすぐに操縦を覚え、襲い来る敵を淡々と狙撃していった。敵機の攻撃も難なくかわし、翔太は類稀なる素質を見せていく。一機、また一機と、彼は戦闘機を撃ち落としていく。己の操縦する機械の龍に数多のレーザー光線が降り注ぐも、彼はその全てを掻い潜る。敵の操縦する機龍も、翔太の攻撃により着実に損傷してきている。その様はさながら、プロゲーマーのようでもあった。


 その様を見ていたのは、正和だけではない。やがて翔太が全ての敵機を撃破するや否や、一人の少年がその場に駆け寄ってきた。

「スゲェ! アンタ、スコアがカンストしてるじゃねぇか!」

 そう言い放った少年は、妙に興奮している様子だった。一方で、翔太はいまだに運命を受け入れられずにいる。

「そんなことはどうでも良い。僕は、軍隊なんかに入りたくない」

「そう言うなって! アンタだったら生き残れそうだし、その力を活かさねぇのはもったいねぇだろ!」

「人の命を奪うことに活かす力に、一体なんの価値がある」

 彼は呆れていた。彼の酷く冷めた態度とは裏腹に、周囲の子供たちは一人を除いて全員熱くなっている。

「お前、名前は?」

「このシミュレーター、超ムズイんだぞ!」

「こりゃ、あの羽生はにゅうを超える逸材が出てきたかも知れねぇな!」

 トレーニング室は賑わっている。そんな中、ただ一人の銀髪の少女だけが黙々とシミュレーションに集中している。騒がしい部屋の中、正和は怒りの交じった声を張り上げる。

「静かにしたまえ! 君たちも、トレーニングに集中するのだ!」

 彼の怒号により、辺りはすぐに静まった。トレーニングを再開する翔太に対し、彼はある使命を言い渡す。

「杠葉翔太。今日から君には、正式に我が軍の一員になってもらう」

 それは翔太にとって、あまりにも理不尽な通告であった。

「嫌だ! 僕は誰の命も奪いたくない!」

「君の理想は美しいが、そんなものは戦場ではなんの意味も持たない。誰も戦争を好みはしないが、傷つけ合うことでしか勝ち取れない世界があるのだ」

「仮にそうであったとしても、僕がそれに巻き込まれて良い理由なんかない!」

 彼は必死に反論を繰り返した。それでも彼の言葉は、正和の胸には響かなかった。

「国家の死活問題を、個人の掲げる道徳で無下に出来るものか」

 正和はそう言い残し、その場を後にした。

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