堤防

 その頃、とある堤防では、一組の親子が釣りに励んでいた。片方は父親で、もう片方はその息子だ。

「釣れたよ、父さん!」

「相変わらず翔太しょうたは凄いな。この魚はなんだ?」

「カマスだね。味が淡白だから、味付けして食べるのが良いよ。もしくは、干しておくとかね」

 息子はまだ十三歳だが、魚介類について多少の知識を有しているらしい。水を入れたバケツの中では、すでに数匹の魚が窮屈そうに泳いでいる。爽やかな潮風に吹かれながら、二人はこの平和なひと時を楽しんでいた。翔太はクーラーボックスを開き、バケツの中の魚を一匹掴んだ。彼のもう片方の片手には、長い針のついた器具が握られている。さっそく、彼はその針を魚の頭部に差し込んだ。魚は口を開いたまま、一瞬にして動かなくなった。続いて、翔太は針の中にワイヤーを差し込み、それを抜き差しした。何らかの生体反応により、この日の夕飯は震えるように動き出す。それからしばらく時間が経ち、魚は軽く変色した。さっそく、翔太はそれをクーラーボックスに入れ、タイマーをセットした。彼の流れるような作業を前に、父親は首を傾げるばかりだ。

「これは、何をしているんだ?」

 父親は訊ねた。翔太は彼に笑顔を向け、解説を始める。

「神経締めだよ。魚はストレスに晒されるとATPという成分が消費され、味や鮮度が落ちるんだ。だから先ずは脳神経を破壊して、氷水で冷やしておく必要があるんだ」

「へぇ。翔太はなんでも知ってるんだな」

「まあね。他の魚もさっさと締めておくよ。水生生物は基本的に、日陰にいないとストレスを感じるものだから」

 そう語った翔太の手つきに迷いはない。釣られた魚は次々と神経締めを施され、クーラーボックスに入れられていく。その様を横目に、父親はふと考える。

「あ、そうだ。何匹か、うちで飼ったりしないか? 海水なら、どうせいつでも手に入るんだしさ」

 彼はそう提案したが、翔太はその案を一蹴する。

「それは人間のエゴにしかならないよ。魚は狭い水槽で日光を浴びることをストレスに感じるし、大脳新皮質を有していないからオキシトシンを分泌することもない。言うならば、それは喜びや愛情を感じる機能のない生物を苦しめ続けるような所業だよ」

「そうなのか? 同種同士でキスをする熱帯魚がいるという話を聞いたことがあるが……」

「キッシンググラミーだね。あのキスは愛情表現ではなく、オス同士の力比べだよ。少なくとも、僕は魚を飼おうとは思わないね」

 二人がそんな話をしていた最中にも、今回釣れた魚は淡々と締められていた。父親は少し残念そうな顔をしている。

「そっか。父さんは、魚ってわりと好きなんだけどな」

「でも釣りも好きなんだ。まあ、僕も獲物を食べる前提であれば釣りは好きだけどね」

「はは……そうだな。翔太、お前は優しい子だ」

「ありがとう。僕も、父さんを良い父さんだと思う」

 多少命に対する見解が違っても、この親子の仲は良好だ。それからしばらく、彼らが釣りを続けていった末に、日は落ち始めた。


 父親は言う。

「そろそろ帰るぞ、翔太。その前に、父さんはトイレに行ってくる」

 翔太は頷き、釣り用具を片付け始めた。



 翔太に悲劇が訪れたのは、その直後のことであった。



 突如、堤防には一機の大型のヘリコプターが着陸した。その中から現れた仮面の集団は、彼を一斉に囲いだした。

杠葉翔太ゆずりはしょうただな。我々と一緒に来てもらうぞ」

「抵抗するな!」

「お前は狐火が勝利するための、最後の希望だ!」

 無論、翔太は抵抗した。しかし多勢に無勢では、彼に分の悪い状況だ。翔太はすぐに捕まり、ヘリコプターで連れ去られてしまった。



 父親が戻ってきたのは、その数分後であった。

「翔太……? 翔太!」

 そこで待っているはずの息子の姿が見当たらず、彼は酷く取り乱した。

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