食事
食堂の隅で、
「隣、良いかな」
「別に許可なんか求めなくて良い。私は何も感じない」
何はともあれ、これで許可は下りたようなものだ。
「相変わらず変なもん食ってんな。それ、旨いのか?」
孝之は訊ねた。それに対する彼女の返答はこうだ。
「味なんてどうでもいい。これが一番、効率が良い」
やはり感情を持たない者は、非合理的な食事を好まないのだろう。そこで翔太は、彼女の目の前に鮭の切り身を差し出してみた。
「食べてみて。狼愛」
そう囁いた彼の表情からは、優しさがにじみ出ていた。狼愛は首を傾げ、それから鮭の切り身を頬張った。やはり何も感じていないのか、彼女の表情が変わることはない。そこで孝之は、彼女に感想を訊ねてみる。
「どうだったよ」
「……魚介類は尿酸値が上がる」
それが彼女の懸念だ。それに対し、翔太はすぐに誤情報を訂正する。
「魚介類であれば総じてプリン体が多いわけではないよ。特に、鮭はアンセリンを多く含有していて、これが尿酸の生成を抑えたり代謝を促したりすると言われているんだ。鮭に含まれるプリン体自体、結構少ないしね」
そんな説明を聞かされつつ、狼愛は黙々と食事を続ける。その傍らで、孝之は翔太の知識に感心する。
「詳しいんだな、翔太」
「まあ、ね。鮭はビタミンが豊富だから代謝に良いし、免疫機能にも貢献する。ビタミンDがカルシウムやリンの吸収を促進するし、アスタキサンチンやビタミンEは強い抗酸化作用を持っている。とにかく、鮭は毎日食べた方が良いよ」
「なるほどな。だからオレたちの飯には、鮭が毎日入れられてんのか」
翔太の話が正しければ、鮭は偉大な健康食だ。孝之は自分のプレートに乗せられた鮭に箸を伸ばし、それを己の口に運ぶ。そんな彼らの横で、狼愛は呟く。
「上官と相談してみる。私の毎日の食事に、鮭を入れてもらうために」
二人の話を聞き、彼女の意志は確かに動いていた。
「それは良いことだね、狼愛」
「この調子で、どんどん人間らしいメシを食っていけよ」
彼女の変化を前にして、翔太たちは大喜びだ。無論、翔太が気にしているのは狼愛の食事だけではない。彼は孝之の方に目を向ける。
「味噌汁、そろそろ冷めたんじゃないかな」
痛覚や熱さを感じない孝之にとって、食事による火傷を避けることは必要不可欠だ。彼は愛想笑いを浮かべ、翔太の振った話に受け答える。
「いや、気にしなくて良い。オレの食事はいつも、常温で作ってもらってるからさ。オレたちを誘拐するような軍隊ではあるけど、食事メニューだけは結構融通が利くんだよ」
「そっか。それなら良かった」
「ま、魚とか食ったりしてると、気づかないうちに骨が喉に刺さったりはするけど、それくらいなら放置してれば消化されるだろ!」
その言葉に、翔太の顔つきが変わった。
「魚の骨は唾液程度では溶けないよ。自然に抜ける場合がほとんどではあるけど、稀に骨が刺さったままの傷口が炎症を起こし、化膿することだってある。それが食道付近だったりすると、他の臓器にまで炎症が拡大し、命を脅かされることも考えられるからね?」
その忠告に、孝之の顔は真っ青になった。その傍ら、狼愛は翔太の袖を引っ張り、か細い声で囁く。
「明日も、貴方たちと一緒に食事をしたい。色んなことを知れるから」
感情を持たないはずの彼女の口から、彼女自身の要望が飛び出てきた。
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