第12話 Shall We Dance?
地下三階へとたどり着くひとつ前の踊り場にはロープが張られ、『この先立ち入り禁止』と札が掛かっていた。使用人の話を盗み聞きしたところ、酒盛り部屋があるそのフロアには侵入者を捕まえるための特殊な魔法がかけられているらしい。
タルトは「立ち入り禁止だって」と言って、ヒョイとロープをまたぐ。
「捕まるよ」
「捕まらないよ」
タルトは平然としていた。聖女の力で魔法を解除するつもりだったけど、タルトがこの防犯魔法を自ら解除できるのなら最も警戒しないといけないのは目の前の同業者。それともあたしに解除させるつもりで連れて来たのだろうか。
「ミエル、心配?」
「そうね。タルトがいつ裏切るかわからないから」
彼は微塵もそんなの考えていなかったようにキョトンとした顔をする。
「そんな心配は時間の無駄だよ。ぼくのこと信用できないならそこで待ってても構わない」
ヒラヒラと手を振り、タルトは足音を忍ばせて階段を下りていった。あたしはロープを乗り越え、数段遅れて彼の後について行く。
「開かないってどういうことだ!」
突然、階下から激高した声が聞こえてきた。
タルトがビクッと肩をすくめ、あたしを振り返ってちょいちょいと手招きする。地下三階に降り立つ一段手前であたしが隣に並ぶと、彼はすぐそばの扉を指さした。わずかに開いた扉から部屋の明かりが漏れ出している。
「鍵の代わりにキャンディーだと? 秘宝の鍵を盗まれるなんて洒落にならんぞ!」
「おそらく舞踏会のときの泥棒だ。まさかこんな人をおちょくった偽物を置いていくとは……」
「犯人は捕まったと聞いたが?」
「……どうやらそっちも偽物だったようだ」
自分が偽物の犯人を仕立てたくせによく言うよね、とタルトがこそっと口にする。
あたしはポケットの中に手を入れて鍵がちゃんとあるか確認した。キャンディーの包み紙でくるんだ本物の鍵。
秘宝の隠し部屋の鍵と思っていたら、どうやらこの鍵があれば秘宝とご対面できそうだ。それならドワーフ製のはずだから、キャンディー製が代用品にならなくても仕方ない。保存状態は悪くなかったはずだけど。
「まったくガレット公爵ともあろうお方が秘宝の鍵を盗まれるとは」
「だが一年前のパーティー以降
「賢明だな。魔術師が必要なら協力しよう」
もう一度鍵を盗むとこから始めるなんて面倒だし、ドワーフが新しい鍵を作り上げるまで待ってあげる気はない。だって、この鍵は『ここの鍵』らしいから。
部屋にいるのはおそらくガレット公爵とパルミエ侯爵の二人。タルトの眼の前で聖女の力を使うのは気が進まないけど、六賢のうちまだ二人しか鍵のことを知らない今がチャンス。
「ミエル、また一人で踊るつもり?」
あたしが返事をする間も与えず、タルトは地下三階の床に足をつける。通路にパアッと魔法陣が光った。
「何だ?」とガレット公爵の声。
タルトがパチンと指を鳴らすと、魔法は発動直前に止まった。九つの魔法が複雑に絡んだ高レベルの防御魔法はあっさり無効化され、光も一瞬にして消える。「どう?」みたいなドヤ顔をあたしに向けるタルト。こんな力、学生レベルどころか王国トップレベルの魔術師である学院長すら超えている。
タルトは眼鏡を外してポイっとあたしに投げ寄越すと、躊躇いなく部屋の中に入っていった。
「何だおまえは! なぜ魔法陣が反応しない」
「アマンディーヌ伯爵様に連れられてパーティーに来たのですが、地階での異変を感知したと申し上げたらこちらに向かうよう言われました。魔術師のフランと申します。わたしが解除したこのフロアの魔法は後で同じものをかけておきましょう」
「本当か?」と問いながらも、安堵したような吐息が聞こえてくる。
ガレット公爵はヌガティーヌのクラスメイト全員と屋敷を訪れた初日に顔を合わせたのに、眼鏡を外しただけで騙されるなんてちょっと油断し過ぎじゃないだろうか。そもそも平民や下級貴族の顔なんてまともに見てなかったのかもしれないけど。
「フラン殿はずいぶん若いようだが、その魔法陣の発動を抑えれるなら実力は十分のようだ。君が感じた地階での異変とはなんだ?」
「解呪が弾かれたような。おそらく、床に飛び散った破片がそうではありませんか?」
破片ってことは、キャンディーは粉々になっちゃったらしい。
「君の言うとおりだ。鍵を偽物とすり替えられてこのありさまだ。だが、君がいくら優れた魔術師だとしても鍵の作り変えは魔術師だけの力でできるものではない。アマンディーヌ伯爵は今どこに?」
「庭園に。おそらく王太子殿下の相手をされているのではないかと」
「カヌレ王太子殿下がいらしてるのか? ガレット公爵、秘宝の鍵のことが王家にバレるのはマズいぞ」
「ああ。それに、主催者のわたしが会場にいないと怪しまれる」
「王太子殿下は六賢をお探しのようでした。六人が勢ぞろいすることはなかなかないから、と。よければわたしがここを見張っておきましょう」
ガレット公爵とパルミエ侯爵は「どうする?」「信用できるのか?」とごちゃごちゃもめている。あたしはヒョイヒョイと階段を風魔法で飛び上がり、地下一階から下に向かって叫んだ。
「ガレット公爵様ぁ~、どちらですかぁ~。パルミエ侯爵様ぁ~」
バタバタと階段を駆け上がる足音がして、あたしは聖女の力で姿を消した。目の前を二人が通り過ぎたあと、地下三階の部屋まで行くと上流貴族のような仕立ての良い服を着た男が立っている。腰まである長い黒髪をハーフアップにしたその男は、あたしの気配に気づいて振り返った。
「おかえり、ミエル」
「……あなた、タルトなの?」
ニッと笑った口元からのぞく二本の八重歯は歯というよりむしろ牙。彼がパチンと指を弾くと、いかにも男爵家の三男といったいつものタルトに戻った。
「ねえ、タルトってもしかして魔王?」
「さあね」
彼は人懐こく笑い、かわいらしい八重歯が見える。
「それよりミエル、ぼくの嘘がバレないうちに終わらせちゃおう。鍵、持ってるよね?」
「持ってなかったらどうするの?」
「ミエルなら持ってきてるはずだよ」
自信満々に断言され、あたしは観念してポケットからキャンディーの包みを取り出した。紙を解いて鍵を手のひらにのせると、タルトが「へえ、さすがドワーフ」と感心する。ドワーフが作ったというのはあたしが苦労して調べ上げた情報なのに、当たり前みたいに知ってるのがちょっと悔しい。でも、今はそんなこと言ってる暇はない。
「この鍵を開けてください」
あたしがお願いすると鍵がポウッと光り、床の隅にある小さな穴に吸い込まれていった。ガタンと音がし、開いたのは床ではなく天井だ。
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