第13話 魔族の指切りげんまん

 観音開きの扉が頭上でパカッと開き、その奥で木苺のような赤く粒々した宝石が土に埋もれて鈍い光を放っていた。


「あった。〝赤色の糖華〟だ」


 血を操る力が宿っているという神の遺物は、『七賢秘宝書』の描写にあった通り血のような赤色をしていた。


「ミエルはこの秘宝の使い方を知ってるんだよね」


「タルトは知ってるの?」


「知ってたら『七賢秘宝書』を盗もうなんて考えないよ。ぼくが知ってるのは、赤色の糖華はすごく脆いってこと。しかも魔力で崩れるからぼくは絶対に触れないんだ」


 タルトの情報収集能力に改めて驚いた。秘宝書に載ってない情報をどうやって調べたのだろう。タルトが本当に魔王なら手下に調べさせたとか?


「ミエルなら触れる。ミエルには魔力がないから」


「それであたしを巻き込んだのね」


 あたしが使うのは魔力じゃなくて聖女の力。


 秘宝の扉が開いた瞬間から、秘宝に宿る神力とあたしの持つ聖女の力の親和性が高いのは感じていた。まったく同じ力ではないけれど、秘宝に「触ってくれ」と言われているような気がする。 


「秘宝はミエルのものだよ」


 タルトがあたしの心を見透かすようなことを口にする。


「やっぱり欲しいって言ってもあげないからね」


「わかってる」

 

 あたしは剥き出しの秘宝の下に両手を受け、「おいで」と声をかけた。すると土に埋もれていた赤色の糖華がコロンコロンと手の中に落ちてくる。崩れることもなく普通の鉱物のように固いけど触るとほんのり温かい。


「こう見ると脆そうに見えないのに」


 タルトがあたしの手の中にある一番小さな欠片にチョンと指先で触れた。その欠片はホロホロッと砕けて霧になる。


 たぶん、普通の魔術師だとこんなに簡単に霧にならないはずだ。


『七賢秘宝書』にあった赤色の糖華の使い方は高濃度の魔力で霧化し、それを吸い込んだ者を魔力で操るというもの。こんな秘宝、絶対タルトに渡すわけにいかない。


 あたしはフッと息を吐いて赤い霧を散らし、ハンカチに包んでポケットにしまった。


「ミエルが盗もうとしてるのは赤色の糖華だけじゃないよね。七つの秘宝を集めようとしてるってことは、ミエルの力でも叶えられない願い事があるってこと?」


「タルトこそ、わざわざ『七賢秘宝書』を盗むために王立魔法学院に通ってたでしょ? あなたの力なら図書館を壊して強引に奪うこともできたはずなのに」


 マンガに描かれていた魔王は実際そうしたし、そのせいで図書館はめちゃくちゃになった。


「図書館を壊すなんてそんな野蛮なことしないよ。穏便に『七賢秘宝書』をいただこうとしたんだけど思ったより王家の隠匿魔法が優れてて、ぼくが盗む前にミエルに盗まれちゃった」


「盗んでない。人聞きの悪いこと言わないで」


「ぼく、神の痕跡を感知できるんだ。他の秘宝ほどじゃないけど『七賢秘宝書』にもかすかに痕跡がある。ミエルの寮の部屋に秘宝書があるのは知ってるよ。隠し部屋の外に持って出てくれたから神の痕跡を感知できた」


 どうやら地味子にまとわりついてきたのはそのせいらしい。


「盗んだんじゃなくて、図書館の本を借りてるだけ」


「なるほどね。たしかに聖女が王家の秘宝を盗むはずないし、王家がそれに気づかないなんてありえないもんね」


 皮肉たっぷりのタルトはずいぶん楽しそうだ。


 王家にバレないよう中身も外観もそっくりに作った『七賢秘宝書』の複製品を置いてあるけど、もしかしたら今後はあの複製本が秘宝とされるのかもしれない。


「ねえ、タルトはあたしを利用して秘宝を集めて、最後の最後で横からかっさらうつもりなんじゃない? 聖女としては魔王に神力を渡すわけにいかないんだけど」

 

 あたしがハッキリ聖女だと認めたせいか、タルトは驚いたようだった。タルトの性格なら、あたしが先に認めれば彼も魔王だと認めるはず。


「秘宝は全部ミエルにあげるし奪ったりしない。指切りげんまんしよう」


 小指を出されて絡めた。魔族にも指切りげんまんがあったなんて。


「神力が欲しいわけじゃないならどうして?」


「最初は願い事を叶えたくて秘宝を集めるつもりだった。ぼくには帰りたい世界があったんだ」


 ドキッとした。


「帰りたい……、世界?」


 うん、とタルトはちょっと寂しそうな顔をする。


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