第7話 舞踏会へのお誘いは図書館で

 王立魔法学院に通う上で一番の問題はカヌレ王太子の存在だった。学院生の中では彼だけが平民ミエルの正体を知っている。


 王家の切り札である聖女を放置してくれるはずはないので、あたしが考えたのは『今回の聖女は地味〜な陰キャでした作戦』。


 マンガに出てくる聖女は愛らしい天然系。そういえば、あの聖女は神像を堂々と『ソフトクリーム』と呼んでいた。そんな天真爛漫な聖女にカヌレ王太子は惹かれたのだから、あたしはマンガの聖女と正反対のキャラを演じることにした。


 王太子に初めて顔を合わせたのは学長室に編入のあいさつに行った時。ソバカスメイクに瓶底眼鏡、鬼◯郎的なモッサリ前髪で陰キャオーラ全開にしたら、作戦がバッチリはまって王太子は事務的な話しかしてこなくなった。


 これで万事OKぼっち街道まっしぐら。


 休憩のたびに教室を出てどこかへいなくいなる編入生はじきにクラスの空気と化し、聖女の力を使えば授業中に抜け出してもバレたりしない。どうでもいい授業は図書館の隠し部屋にこもり、王家所蔵の書物をあれこれと読み漁った。疲れたらお茶を一服、眠くなったらソファで仮眠。


 放課後はさっさと学院寮に戻り、早々と夕飯を済ませてベッドに入った。他の寮生が寝静まった頃に起き出して、こっそり六賢のタウンハウスへ忍び込む。充実し過ぎて怖いくらい。



 午前の授業が終わって生徒たちが食堂に向かう中、あたしは今日も一人図書館へと向かっていた。


 お昼になったばかりのこの時間、図書館に行く生徒はほとんどいない。閑散とした図書館の、さらに奥まった一角に足を踏み入れるとき、あたしの鼓動はいつも少しだけ速くなった。学校の図書室で兄と会っていたことを思い出すから。


「ミエル、明日の舞踏会の相手はいるの?」


 隠し扉を開けようと一冊の本に手を伸ばしたとき、不意に背後から声をかけられた。


「タルト様。どうしてこんなところに?」


 振り向いた先にいるのは前髪長めの眼鏡男子。あたしに話しかけてくるただ一人のクラスメイトだ。


 スラッと背が高いイケメンだけど、身分はさほど高くなく聞いたこともないような男爵家の出。平民女学生にウケが良く、貴族令嬢にファンが多い金髪碧眼のキラキラ王太子と人気を二分している。


「舞踏会にミエルを誘いたいんだけど」


「ありがたいお言葉ですがお受けできません」


「どうして?」


 教室ではなく人目のない図書館の隅っこで口説いてくるあたり配慮はしてくれているらしい。ここに女学生が一人でも通りかかったら面倒な噂が広まること間違いなしだった。


「わたしのような平民、タルト様の隣にふさわしくありません」


 それに、タルトは隠してるつもりかもしれないけど明らかに学生レベル以上の魔力を持っている。警戒しないわけにいかない。


「うちは平民同然の下位貴族だよ。それに、この舞踏会は平民こそ参加すべきじゃない? 学院生なら平民でも参加できる年に一度のお祭り。みんな仮面をつけるから誰が誰だかわからないのに」


「建前はそうですが、平民の着るドレスは学院から貸し出される流行遅れのものです。仮面といっても目元だけで眼鏡をかけるのとさして変わりません。誰が誰かは一目瞭然とうかがいました」


 へえ、とタルトは興味をそそられたように目を見開いた。


「ミエルは友達がいなさそうなのにずいぶん詳しいね」


「みなさん舞踏会の話でもちきりですから、意識しなくても耳に入ってきます」


 本当は姿を消してあちこちで盗み聞きした。舞踏会に出るためではなく、舞踏会の夜を狙ってガレット公爵邸に忍び込むためだ。


 舞踏会にはヌガティーヌだけでなくガレット公爵夫妻も出席することになっている。ガレット夫妻が王都に来るということは、あたしが今狙ってるものを手に入れるチャンス。しかも毎年この舞踏会の夜は王都全体が浮かれるらしいから快盗ミエルが仕事をするには絶好の泥棒日和なのだ。


「タルト様、他にご用がなければ失礼します」


「当日でも気が変わったら言ってよ。エスコートするから」


 ニコッと拒絶の笑みをお見舞いし、あたしは隠し部屋を諦めてその場を後にした。

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