第8話 舞踏会の夜は泥棒日和

 舞踏会の夜。純白のドレスに白いヴェールをかぶったあたしはマカロン教主を伴って会場の王宮に顔を出した。


 国王と学院長に挟まれてバルコニーから参加者たちに祝福をもたらし――と言っても祝福が何なのかわからないから光をキラキラさせて「みんな元気になあれ」と願った――その後そそくさと裏に引っ込んだ。


「マカロン教主様、わたし、せっかくなので学生として参加したいです」


 舞踏会での祝福はマカロン教主に頼まれた聖女としてのお仕事。学院生のうちは聖女の仕事は免除するという約束だったから、マカロン教主は名残惜しそうに「仕方ありませんね」とうなずいた。


「では平民学生ミエルに戻ります」


 あたしは国王と学院長とマカロン教主に頭を下げ、護衛も断って部屋を出た。


「聖女様だわ」


 ストーカーみたいに距離をおいて追ってくる聖女崇拝者を適当にまいて、あらかじめ手に入れておいた仮面を目元につける。聖女の力で姿を消して王宮を抜け出すと、噂に聞いていた通り王宮周辺はガヤガヤと賑わっていた。まるで初詣の神社みたいだ。


 浮かれる王都民を横目にあたしは風魔法で疾走してガレット公爵家のタウンハウスを目指した。塀を飛び越えて二階にある書斎のバルコニーへ跳び移ると、案の定部屋に人の気配はない。


 あたしが盗もうとしてるモノはこの部屋にあるはずだった。夫人でさえ許可なく入れないというガレット公爵の書斎には防犯対策用の魔法がいくつかかけられている。でも聖女の力の前では無力だ。


「この部屋の魔法があたしに効かないようにして欲しいな。窓の鍵も開けて」


 コツと窓を叩くと内から掛けられた鍵が外れた。そっと忍び足で中に入り、明かりは消したまま自分にかけた透明化の魔法を解除する。ドレスは魔法で黒に変え、ついでに仮面も黒にした。


 これで見つかる準備はOK。


 舞踏会の夜を狙った泥棒はよくあるみたいだから、見つかるのを恐れるより架空の人物に罪を着せればいい。


「ガレット公爵が領地から持ってきた鍵のありかを教えて」


 コトンと音がした。


 今夜のターゲットはガレット家の秘宝が隠された部屋の鍵。ガレット公爵は王都に来るとき必ず鍵も持って来るようだったから、警備の固い領地よりもタウンハウスで盗む方がやりやすい。


「鍵はどこ?」


 ――コト、コトン。


 音が聞こえたのは書棚からだった。


「鍵を閉じ込めてるのなら開けて」


 お願いすると(聖女の力を使うと)棚の奥がかすかに光り、本をどけたら小さな魔法陣が描かれていた。


 すでに光はおさまり魔法も解けている。魔法陣の中央にある小さな取手をつまんでスライドさせると小さな箱があった。蓋を開けると直径二センチくらいの球体がちょこんと置かれている。それが「鍵」のようだ。


 細かな溝で複雑な模様が描かれた玉。あたしはキョロキョロと周囲を見回し、執務机の上にある籠からキャンディーをひとつ手に取った。お菓子な聖女が来るはずだったこの世界には、いたるところにお菓子がある。


「このキャンディーに鍵と同じ模様を刻んでください」


 手のひらの上のキャンディーに一瞬で模様が刻まれ、甘い匂いが漂って来た。フッと息を吹きかけると白い粉が飛んで、「鍵」とそっくりのキャンディーができあがる。


「暑さで溶けなけなかったら鍵として使えるのかな?」


 せっかくなので、「小箱をクーラーボックス仕様にしてね」とお願いして蓋を閉じた。お願いするたびに思い浮かぶのは神殿のソフトクリーム。たまには感謝の言葉もかけておこう。


「神様ありがとう」


 キャンディーの包み紙で本物の鍵を包み、ポケットに忍ばせて部屋を出る。バルコニーの手すりに足をかけたとき巡回中の警備兵が真下に見えてついうっかり屋根の上に飛び移った。黒ドレスの泥棒を目撃してもらうつもりだったのに。


「満月の夜に盗みとは大胆ですね」


 背後から聞こえたのは男の声だった。


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