第3話 理化学研究所 冷泉院財閥分室

「ヒヒイロカネが仮に生物とするならば、養殖も可能ではありませんか」

とある研究員の何気ない一言が研究室に激震を起こした。

確かに生物ならば、増殖して子孫を残す事が種の存続を意味する。であるならば方法論が分かれば人工的に増やすことが可能となる。「限りある」と思われていた希少金属を無限に増やすことが可能となれば、それは戦略兵器となり得る。それは無資源国家日本にとって大きな意味を持つことになる。石油という最も効率の良い燃料と対等以上の取引材料となり得る物だ。原子力は未だ充分に制御できず、基幹燃料とするには時間が掛かることは目に見えていた。故に石油の確保は国の未来を左右する重大な事項であり、そのためにはあらゆる手を打つのが国民に対する国の義務であった。

一方で「ヒヒイロカネ」の原石からの抽出には石神鉄鋼の熟練社員の力がなければ何も出来ないという始末だった。

「要するに温度帯の調整が難しいんだ」

年配の社員が茶をすすりながら研究員の顔も見ずに呟いた。

「室温35.5度から37.5度。接触する全ての機械も同温度帯。これが少しでも狂えばヒヒイロカネは抽出できないよ」

「その温度帯、人の体温ということか?」

静かに話を聞いていた巨漢に剃髪の男が口を開いた。国際的情報機関「百目」の創始者、明石平八郎その人であった。

「あの人工筋肉、構造はヒヒイロカネと全く同じハニカム構造をしています。血液を与えるとハニカム構造内に吸収され、巨大なエネルギーとともに血液を排出します。この人工筋肉はヒヒイロカネにある物質を添加すると、伸縮性のあるあの白い繊維状の物質に変化します。そして効果はあの通り。電気信号で強力な伸縮運動を行い、まさに人の筋肉と同じ働きをし、その力は人の筋肉の数百倍はあるでしょう。機械式の間接よりも遙かに軽量で省スペース、かつ出力も高いという夢のような素材です。ですが、明石大佐が西蔵で採取した試料はすでに腐敗が進んでおり実用は不可能です」

「ある物質を添加?ヒヒイロカネの養殖、抽出が軌道に乗ればこいつも生産できると言うことかな」

「ですが、添加する物質というのが問題でして、大変言いにくいのですが申し上げますと、人体の一部なのです。はっきり言いますと脳です。それも非常に鮮度の高い物を必要とします」

「冗談はよせと言いたいが、君はそんな性格ではなかったな」

研究員の言葉に男は 絶句した。

「しかし、なぜそんなことが分かったのか?まさか、捕虜を使って人体実験などしていまいな」

男の発言に研究員はどきりとしつつ、ごまかすためにクスリと笑いをこぼした。

「さすがにそんなことはいたしません。これは口伝に残されていたのです。この冷泉院財閥に代々受け継がれてきた口伝に、です。私どもは当主のご子息、隆俊様よりそのお話を伺いました」

そういいいつつも密かに行われたエリッヒ・ベンダーへの人工筋肉の移植手術のことは極秘にせざるを得なかった。仮にばれたとしても手術の結果は絶対に話すことは出来なかった。

「一方で、ヒヒイロカネにジェラルミンを加えると硬度の極めて高い金属になります。つまり触媒でどうとでも変化するのがヒヒイロカネなのです。しかし、どのような化学変化が起きているのかまるで検討がつきません。もしかしたら人間と同じなのかもしれません。タンパク質を取ることにより人間は血や肉とします。それと同じなのではないでしょうか」明石は研究員の言葉に静かに頷き、かつて製鉄の名人と言われた石神の言葉を思い出した。「ヒヒイロカネ、あれは生物なのですよ」

確かにそう考えれば合点のいくことばかりである。

そして養殖も可能ではないか、という意見も当をえている。

養殖が可能であれば兵器としての利用価値はぐっと上がる。しかし問題は人のエネルギーを吸収すると言うことだ。

しかし、なぜ人の血液なのか、他の生物、マウスや猿のような実験動物の血液では、ハニカム構造内に血液は吸収されたが、エネルギーの放出はほとんど見られなかった。人の血液によってのみ実用的なエネルギー量を確保することが出来た。

そして養殖の方法も、明石の想像通りならば恐ろしく残忍な方法になりそうだった。

さらにもう一点。ヒヒイロカネを実装した人型重機の稼働時間があまりに短すぎた。

搭乗者の疲労が大きすぎるのだ。

「あくまでも私の想像で、実証も何もないのですが、ヒヒイロカネは人の脳が発する微弱な電波を拾ってそれに反応しているのではないかと思うのです。ですから、戦闘資料にあるような動きも可能になったのではないかと推測しています」

明石は頷きつつも、彼がもやもやともっている疑問をぶつけてみた。

「人の血液を吸収する理由は何だと思うか?」

研究員はしばしの沈黙の跡

「単に好みの問題、かと」

「食い物の好き嫌いだというのか」さすがに明石も驚いたがヒヒイロカネを生物と仮定するならあり得る話だった。

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