第2話 シーゴースト
通称「シーゴースト」。ピエールが、連合国各国の海軍に密かに伝えられ恐れられた巨大という言葉を凌駕したその潜水艦に乗艦することは生まれたときから決まっていた。
フランス人「ピエール・フリック」。彼の家は代々軍人、それも海軍を受け継ぐ者であった。「石切場の賢人」という組織の名前を父親から聞かされたのは彼が15歳の時である。いつものように長い航海から帰った彼の父親は存命だったピエールの祖父とともに彼を部屋へと招き入れた。そこでピエールが伝えられたのは、彼の父親が所属するのはフランス海軍ではなく、石切場の賢人の運営する私設軍隊の潜水艦であるということである。
私設軍隊、そして当時最新鋭の兵器であった潜水艦と言う言葉に戸惑いを覚えた事をあれから二十年たった今でもしっかり覚えている。そして父親から艦長の座を譲られてから十年。その間に第二次世界大戦を経験していた。直接戦闘に加わることはなかったが、各国海軍の戦力や戦闘のデータを収集し、時には「石切場の賢人」の示威的行動としてその巨体を現すこともした。その一端が第二次世界大戦終結後のバミューダ海域で起きた事件である。
その日、石切場の賢人のバミューダ海域の基地はアメリカ軍を中心とした部隊に強襲を受けていた。そのこと自体は、事前の情報もありほとんど問題はなかった。むしろ石切場の賢人が、力をつけすぎたアメリカの軍事力を削ぐため、そして核兵器の実験を兼ねるために仕掛けた罠であった。結果としてアメリカは一個艦隊を失い、石切場の賢人は核兵器のデータと人型重機の戦闘データを手にすることが出来た。その際の撤退戦の補助がシーゴーストの役割だった。データを確保した人員を乗せた潜水艦を回収、脱出することであった。
あの戦闘時、「シーゴースト」は艦首部に脱出してきた潜水艦を収容すると静かに深度を下げていった。その際潜水艦を追尾してくる小型潜水艦らしき物も複数確認した。しかしピエールはそれらを無視した。深深海まで潜れる性能を持ち、70ノットを超える速度を誇る艦には、魚雷すら追いつかず、通常の攻撃など無意味という点もあったが、シーゴーストには反撃する術がなかったと言う方が正しかった。
石切場の賢人が、イースター島沖でシーゴーストを拾ってから百年。操縦システムは容易に判明した。単に操縦席に座りレバーを操作するだけで艦は動き、自動車とさして変わらない操作ですみ、加えて言えば操縦者の意志を尊重するようになめらかに動いた。
しかし火器管制は何も解明されていなかった。あるいははじめから装備されていない可能性もあったが、この巨艦に自衛の為の兵器すら装備されていないというのは考えにくく、そして兵器らしき物の管制装置もあった。しかし、基本的な操縦システム、生命維持に必要なシステム以外はどういじろうとも何の反応も示さずにいた。
石切場の賢人が拾った当初から艦の研究調査は続いていたが、ほとんど何も分からない状況は続き、唯一判明したのが、ある生物が搭載されていると言うことだった。
それも石切場の賢人に所属するある一族からの情報提供があって初めて判明したことである。
艦長でさえ、許可なく立ち入りを許されない機関室。そこをわずかながらのぞき見ることの出来るモニター室から見たそれは、人間のようでいて、明らかにそれとは違う形状をしていた。猿でもない、明らかに人間とは違うが、人間に限りなく近い形の生物。
「異星人」。
艦を預かる際にそういう説明を受けていた。彼が艦長になってから、いやそれよりも遙か以前、父親や祖父が艦長職を引き継ぐ前、「石切場の賢人」の先人がこの艦を拾ったときにはすでにそこに存在していた生物。
人間であるならば、数十回あるいはそれの数倍の人生を送れる時間、それをその生物はこの艦の一室に閉じ込められていた。死なないように治療修復される肉体。
細胞が老化すると治療機械が自動的に、後の世でES、iPS、STAPと呼ばれる細胞を培養し入れ替える。そうして無理矢理に生命をつなぎ止める。
そうまでして生き延びさせる理由はこの艦のエネルギー源となっているからである。
生物が食事を取りそれをエネルギーに変換する過程で生まれるわずかなミネラル、特殊な成分、それに反応して化学変化を起こしエネルギーに変える物質がある。
「ヒヒイロカネ」「オリハルコン」そう呼ばれる金属である。
石切場の賢人の誰にも、技術的、科学的な理屈はわからなかったが、異星人はその特殊な成分を人間の数十倍生成することが出来た。
その話は石切場の賢人に長い間伝えられていた話ではあった。その話を元に組織はシーゴーストを発見したのだ。その事実を鑑みれば、「異星人」にまつわる各種の伝説も信じがたくはあったが事実と考えてもおかしくはなかった。
時折ピエールはこのモニター室を訪れ異星人を観察した。モニター室に常駐するスタッフも気づいていたことだったが、異星人はピエールやスタッフの視線を感じると、懇願するような視線を返してきた。そして時には涙をこぼしていた。その姿にピエールは何とも言えない感情を覚えていた。あの生物は何を考えているのだろう、何のために生きているのか、そういう哲学的な思考だった。仮に自分があの異星人のように何もすることがなくただ生きるだけの身ならば、果たして生を望むだろうか、死を選ぶのではないか、ただじっとしているだけならばあるいは発狂してしまうのではないか、あの懇願するような視線や涙は、殺してくれと訴えているのではないか、と考えてしまうのであった。
しかし、それはピエール自身にも当てはまることであった。親から無理矢理に引き継がざるをえなかった今の立場、自由のない生活、自分の子供もいずれピエールの跡をつがさなければならないという組織の掟。あの異星人と立場はあまり変わらないのではないか、という不満がピエールの中で徐々に膨らんでいた。だからこそ、異星人を見ることによって、自分はいくらかましだ、と思うためにここを訪れていたのだ。
戦時下においてピエールの置かれた立場はそれほど不幸とは言えない。むしろ家族の生活が保障され、分厚い装甲に守られ戦死の可能性が極めて低い分、幸運に恵まれているとも言えた。しかしそれでも自分の立場を呪わずにはいられなかったのは、彼が引きついだ運命が子々孫々にまで及ぶからだ。単純にそれがピエールが石切場の賢人を裏切ろうと思った理由である。
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