27 錯

 ――変んないね。

 ――そんなこといったら、そっちもね。


 元カレの弟とは寝る機会がなかったが、代わりに元カレの旧い友人とは寝る。偶然の出遭いだったし、最初は元カレの友人であることさえ知らなかったのだ。ところがある日、元カレのアルバムを見ていてその友人を発見して吃驚仰天。それから元カレと二人で街を歩いていて、その友人と擦れ違ったときには、さて、どうなるのかな、と事態を見張る。が、人生に良くあることなのか、特に何事も起こらない。その友人がわたしのことを認識したかどうかさえ不明。だから元カレがわたしの近過去の行為に気づいた気配も感じられない。もっとも元カレがそれに気づこうが、気付かなこうが、その二つに大きな違いはない。それは、もちろんわたしがわたしであることと関係している。わたしがわたしであれば、それで良かったわけだ。だから元カレとの関係性は崩れない。多くの人たちにはわからないようなので詳細は述べないが、そういった了解がわたしと元カレの間には成立していたのだ。それは元カレの側にしても同じこと。もっとも元カレは基本的には真面目で不器用だったから、わたし以外の女に気が向いているときには雰囲気が変わる。が、だからといって元カレのわたしに対する同一感が薄れるかといえば、そんなことは微塵もない。当時、正しく元カレはわたしであって、わたしは正しく元カレだ。さらに元カレのその雰囲気の違いは、元カレの興味が人ではなくモノに向かったときでも同様。例えば宇宙論や錯塩化学のような形無きコトでも……。だから、もしかしてわたしが予想したほど元カレはわたし以外の女を抱いていないのかもしれない。昔から大層モテたという話を聞かないし、また容姿も眉目秀麗からは程遠い。だから放っておいても女に好かれるタイプの男ではない元カレだが、元カレ自身がたまに言っていたように、ぼくに興味を持つある種の女性はいるんだよ、少ないけどね、ということだ。それで元カレは女に対する不足感をこれまで感じたことがなかったのかもしれない。もちろん当然のように、それは数でも、また別の意味での量でもなく、もちろんセックスの回数でも秤れない。

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