25 縁
――あなた、相変わらず料理を作るのね。
――そうはいっても、土曜か日曜日だけだよ。
――いいんじゃない。
――妻も娘も、文句を言わずに食べてくれるから、助かるよ。
――良い夫でお父さんね。
――さて、どうなんだろう? でも、きみがいなけりゃ、ぼくは料理をしなかったし……。だから、すべてきみのお陰さ。
――止めてよ。なんだか泣けてきちゃうわ。
そのとき元カレの携帯電話に連絡が入る。ちょっと失敬、という台詞を残し、元カレが部屋の隅に消える。相手はきっと奥さんか娘さんだろう。声は聞こえなかったが直感する。それとも愛人でもいるのだろうか?
三十歳になってすぐの頃、元カレはわたしと別れて今の妻と結婚する。わたしと元カレとは事実婚状態だったが結婚はしてはいない。それで障害も持ち上がらない。それから十年以上、わたしは元カレの消息を知らなかったし、知ろうともしていない。今回会おうという話になる約一月前まで、わたしと元カレは違う時間線を生きて来たのだ。
偶然とは恐ろしいもので、それまで忘却して行くばかりだった元カレと過ごした一時期を次の小説の題材にしようと決めた翌日に電話機が鳴る。
「すみません、そちらは作家の○○さんですね(わたしのペンネームを元カレが告げる)」
「ええ、そうですが、そちら様は……」
元カレの用件は、わたしのサインを得ることだ。会社の新入社員にわたしのファンがいたという。
「郵送で良ければ送りますよ(相手が誰かはわかったが、空気感が計れなかったので、言葉遣いはぞんざいにはならならかったし、なれなかった)」
「それは助かりますが、申し訳ないな。ぼくの方から取りに行きますよ。場所を指定してください」
そのときのわたしには何故か元カレと直接会う勇気がない。
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