23 褒
――夕食は?
――どうしよう? 食べに行く?
――ぼくが作ろうか? 簡単なもので良かったら……。
――簡単なもので十分よ。嬉しいわ。
――本当に簡単だよ。
――ええ、いいわよ。
――じゃ、とにかく買い物に行かないと……。
――わかった。じゃ、一緒に行きましょ。
――変装はしないの?
――あはは……。だから有名人じゃないって……。わたしが小説を書いてるの、近所の誰も知らないんじゃないかな?
共同住宅のエレベーターに乗り、降りて、近所のスーパーマーケットまで買い物に行く。自慢ではないが、元カレに料理を教えたのは、このわたしだ。元カレは両親の家に長くいたためか、初めて引っ越してアパートに移ったとき、インスタントラーメンを作る技量くらいしか持ち合わせない。彼の住むアパートにわたしは足繁く通いはしたが、わたしも仕事があるので自分の部屋で過ごすことも多く、元カレの食事の世話まではできなかったし、やる気もない。それでレンジでチンするだけの簡単なものから初めて、食事ができ上がればわたしが食べて褒め倒し、たまにはダメ出しをしたが褒め倒し、とにかく褒め倒し続け、遂には普通に美味しい料理ができるまでに育て上げる。人にもよるが、これは家庭教師のテクニックの一つでもあり、たぶん他にも応用可能。で、元カレが今回わたしに作ってくれた料理は実際簡単なものだ。
まずご飯はおこわを買って済ませる。これはお赤飯でもいいらしい。野菜はキャベツ半玉と舞茸一パック、肉厚の椎茸一パック、それに玉葱入りのカットトマト一缶(なければ普通のカットトマト缶)、肉はガーリックソーセージにして、ブイヨンと料理酒と黒胡椒はわたしの家にあったので、後はビールとワインと翌日のわたしの朝ご飯用のパンなどを買って部屋に戻る。後は元カレ任せだが、邪魔にならないように手付きを見る。ガーリックソーセージは水で洗い、その後キッチンペーパーで周りの油気をとって包丁で横に数ヶ所切込みを入れ、準備完了。肉厚の椎茸は石附の先を切り落として傘に十字の飾り包丁を入れ、完了。こちらはグリルに入れて石附の面から先に焼き始める。それから大きいフライパンに玉葱入りカットトマトを一缶すべて入れ、その缶を使って中を洗うようにして水を足し、ザク切りにしたキャベツと前処理したガーリックソーセージ、および適当な大きさにバラした舞茸、および飾り包丁の切り余りの椎茸片を加えて、ブイヨンを一つ落とし、料理酒を多めに適量、しょうゆを蓮華に一杯加えて水の量を調整。そこに粗挽きの黒胡椒を三振りしてフタを乗せ、待つ体勢に入る。フライパンが煮立つ頃にはグリルで九分経っているので椎茸を引っ繰り返し、フタを開けたフライパンの中身から灰汁を取り、それを続けながら、椎茸が焼き上がるのをいそいそと待つ。大きさにもよるが、元カレはその先六分で切り上げ、前以ってわたしが用意した小皿に焼椎茸を、深いスープ皿にトマトキャベツスープを盛り付け、キッチンテーブルに置く。
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