11 喫
――まだあったんだ、この喫茶店! 懐かしいな。
――あれ? わたしは知らないけど……
――そうだっけ?
――誰か別の人とイイコトした記憶なんじゃないの?
気は進まなかったが、元カレが、絶対、忘れてるだけだよ、と煩いので、その喫茶店に入ることを承諾する。彼と一緒に川沿いや街中を結構歩いたので、少し休みたくもあったのだ。元カレと付き合い始めた頃、歩くデートをたくさんしている。お金に余裕がなかったわけではなくて、二人とも歩くことが好きだったからだ。今では考えられないが、雨降りの日にも傘を差して雨中デートを楽しんでいる。あのときのわたしは彼であり、あのときの彼はわたしそのもの。今でも同じ感覚を感じないわけではないが、かなり薄い。大奮発した最初のお泊りデートが、その最高レベルか? 高層ホテルの結構上の部屋から見えた素敵な夜景を二人してワクワクしながら楽しんだ記憶がある。幸いにも晴れていたので遠い他県の街の灯や、近隣の海に点在する明かりまでが、はっきりと見える。お風呂には一緒に入って、どうなるのかな、とその先のことを考えたが、結局、雄/雌に変る気持ちは双方ともに起きず、手を繋いで眠る。翌日、ホテルを後にする頃には天気が霧雨に変っている。秋で少しだけ肌寒い。その後、彼もわたしも、それぞれの自宅に帰る。親の用というものは、いつだってある。サヨナラをする前に洒落た映画みたいに緩く抱き合う。あのときの彼の埃と汗が混じった匂いを、ときどきわたしは身体感覚として鮮明に思い出す。わたしが発していたはずの似通った匂いの方は、彼が時折思い出すのだろうか? それとも、もう思い出さないのだろうか?
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