8 嘘

 ――未だに、一流には男しかいない、って主張するヒトたちがいるのって吃驚よね。……っていうか、出会う度に腸が煮えくり返るわ。

 ――そうは言っても、この先、いつまでもってことはないだろうな。ただし環境が許した、その時代の男たちは、どうしても残るけどね。

 ――死んでさえ。

 ――そういえば、明治期の選挙だって満二十五歳以上の男性で国税をある程度以上納めている者にしか権利が付与されなかったし……。

 ――納税条件が撤廃されるのが大正期の最後で、さらに満二十歳以上の女に選挙権が付与されたのは、戦後の昭和二十年のことですからね。

 ――一九四五年か! ……きみはそれ以前の世界には生きられない?

 ――さあて、どうなんでしょう? 得られる知識も違うし、わからないけど、基本的には今と同じなんじゃないかなぁ……。あっ、でも結婚させられて、子供はいたかもしれないわね。

 ――そうかな? 当時だって独身女性はいたはずだが……。

 ――財力があるなら、そうかもね。あるいは芸術的才能とか? でも、わからない。

 ――何故?

 ――あなたはわたしを見縊らなかった人だから……。でも、わたしはそんなに強くはないし、世間に強固に対抗してまで生きようとも思っていない。たまたま、そんなふうに自分が時代に流れてしまっただけよ。あるいは偶々、端からはそんなふうに見えるだけ。でも親が違って、時代が違って、国が違えば、それなりに違うわたしになったとは思うな。違うかしら?

 ――さあて、どうなんだろう? でも、たとえ今とは多少違っていたとしても、もしも同じ近くの場所に生まれたら、ぼくはきみを発見したと思うな。もっとも、どんな関係性を結ぶかまではわからないが……。


 元カレと出会って最初、何事も起こらない。互いの友人同士が知り合いで、男二人、女二人の四人で映画を観に行ったのが一番最初。よもや映画化されるとは思ってもみない、クリストフ・ベーレンス原作の映画だ。第二次世界大戦当時のヨーロッパを背景に子供の罪をテーマとしている。知っている者には有名な、そして知らない者には意味のない、『その日、唯一吐いた嘘だけが本当のことになった(Die einzige Lüge, auf der ich diesen Tag erzählte, wurde die Wahrheit.)』というナレーションで要約可能な内容だろう。

 当然のように映画館は大きなところではなく、名画座で狭くてスクリーン自体も小さくて客の入りも少なかったが、映画自体は面白い。原作に含まれていた諧謔要素が、『なるほど、こうなるのか?』といった感じでコメディータッチに変えられていたのが外れではなく印象に残る。予算の関係か、それとも他の理由があったのか、大部分が白黒の映画。時折挿入されるカラー映像も青と赤と紫が映像的に強調される。

 映画を観終わり、近くの喫茶店で暫く話す。全員がまだ学生で、それぞれバイトをしていたが、お金はない。わたしは自宅から通っていたので家の心配はなかったが、わたしの高校時代からの友人は、『窮屈だから……』と既にアパートで独り暮らしを始めている。彼女の実家は社宅で父親は五年経てば定年に達する年齢だから家を出る時期が早まっただけ、とも付け加える。その彼女の大学の男友だち――当時は知らなかったが、その後、付き合って別れた――が元カレの中学時代からの友人で、そんな関係だから男二人の実家も近い。四人とも東京/山の手の住人なので、そのせいか、どこかしら皆雰囲気が似ている。

 その日は日曜日で――結局無駄な気遣いだが――映画館が込まないようにと早朝一番に間に合うように出かけたので、時刻はまだ昼をまわったばかり。映画館の近くでお昼を食べたら、話すことがなくなってしまう。観た映画が娯楽モノではないので――二人でならばともかく――四人で盛り上がれる話題を提供しなかったからだろう。それで喫茶店を出たら自然解散になる。わたしは不意に気が向き、近くの――といっても歩くと十五分以上かかる――大きな運動公園に向かうことに決める。元カレとその友人、及びわたしの友人は一緒に地下鉄駅に向けて歩く。二手に分かれるときには手を振り、サヨナラをする。が、それだけだ。

 元カレの印象は聡明そうだが、同時にトロそうでもある、という感じか? 愚鈍というのではないが、何事にも素早くない、そんな感じを漂わせる。当時は多くの学生がそうだったが、服が黒く性格も暗い。しかし暗過ぎるということもない。背は百六十センチメートル弱のわたしより高いが、百八十センチメートルあるわけでもなく、肥満でも中肉中背でもなく、ガリガリに痩せているのでもなく、つまりインパクトがない。実際に会って少しは話をした相手なのに家に帰ったら顔さえ忘れていたという、それに近い印象。身体の幅がなくて肩が突き出していなかったら――つまり多少でも、わたしの好みが含まれていなかったら――、きっと一週間後にはすべて忘れていただろう。

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