6 似

 ――里帰りって、どうして?

 ――お父さんの具合が良くないらしい。

 ――そう……。

 ――家系的なものらしいけど、血圧が高くて、それとは直接関係ないけど、転んでね。

 ――まあ……。

 ――気を付けてはいたんだろうが、事故と不注意に容赦はない。

 ――世間で言われる通りに……。そういえば、あなたは歯を折ったわ。

 ――あれ以来、前歯でシールを破ったり、糸を切ったりするのが怖くなったよ。それで気を付けていたけど、最近また同じ歯をやった。

 ――あらあら……。

 ――もう修理は完了したんだけどさ。根の始末をしていて最初の仮歯が取れたときは夜中に飲んじゃったんだ。

 ――そうなの?

 ――うん、夕方に一回外れてそれを何とか付け直して歯医者に電話したら、『そのままで大丈夫ですから……』と言うので信頼した。が、朝にはなかった。

 ――ははは……。

 ――本当に、『ははは……』だったよ。でも胃の方に落ちて良かったな。

 ――ああ、気管の方だったら、確かに危なかったかもね?

 ――そういうこと。

 ――わたし、中学生の頃だったかな? 楕円っていうか、卵を小さくしたような形のケロッグを――牛乳とかに浸けないで――飲み込むように食べていて、声門に詰まらせたことがあるのよ。開いた声門の隙間に挟まったの。

 ――ほう! 初めて聞くな? 付き合いは長いのに……。

 ――言う機会がなかったのね。

 ――そうだな。

 ――で、当然声が出なくって、とにかく焦って、だけど小さい子供じゃないんで声門は知っていたし、そこに挟まったことは咄嗟に理解できた。

 ――理詰めだね。

 ――だけど原因がわかっても声が息と同じに、『スー、スーッ』としか出ない事実は変らない。それにケロッグはやがて喉の水気で溶けるだろうから、そしたら声門の中に落っこちてしまって大事に至ると悟って大パニック!

 ――家に誰もいなかったわけ?

 ――うん、一人だった。それでとにかく、『ハー、ハーッ』と力を込めて息を外に向けて吐き出して――吐き出し続けて――、それをどれくらい続けたんだろう? ふとした拍子にマンガみたいに、スッポーン、って感じにケロッグが喉から飛び出して、試してみたら声が出て、瞬間、泣いちゃったわよ。

 ――ははは……。

 ――『ははは……』じゃないわよ、もう。あのときは笑い事じゃ済まなかったんだから……

 ――でも、そのあと用心しながらケロッグの続きを食べたんだろ?

 ――ねえあなた、もしかして、わたしと同じ経験をしてない?

 ――まさか? ぼくがしたのは、幼児のときにパチンコ玉を呑んだことかな。祖父が当時、現在のパチプロみたいな賞金稼ぎをしていて、余った半端球が家にあり、幼児といってもほとんど赤ん坊なわけだから迷わず飲んだ。

 ――憶えているわけ?

 ――うん。……で、それを祖母か、母が見ていて、翌日か、翌々日、おまる、の中のウンチの中からパチンコ球が発見されるまで家族全員が心配していたらしい。

 ――そこは憶えていないのね? あなたらしいわ。

 ――でも自分のお尻の穴からパチンコ球が出てくるらしいことを思ってワクワクしていた記憶はあるんだな。もしかしたら、それは後に家族の誰かから聞いた話を再構成した捏造記憶かもしれないが……。

 ――なによ、そっちだって理詰めじゃないの?


 彼とわたしの容姿は客観的には僅かも似ていないが、付き合っていた二十代後半当時、双方の友人からまるで双子のようだと良く言われる。性格も、得意なことも、苦手なことも、あるいは好きなことや嫌いなことも、表層だけを見ればまるで同じではなかったのだが、その下の深い部分では似通っていたのだろう。もっとも更にその下の本質的な部分では似ていたのかどうかわからない。その部分が似ていたから彼と別れたのか、あるいは似ていなかったから別れたのか? 彼と別れた直接の理由は、彼にわたし以外の好きな人ができたことで――それはわたしの方にもいたのだが――男と女では残念ながらバランスが違う。時代や国が違えば、その違いもまた違ってくるのだろうが、残念ながら、人は生まれる時代も国も選べない。わたしの未熟な脳細胞では、それはこの先もずっと同じで変化はないだろうと思われるが、いずれ自分が生まれる時代や国が選べる世界が来るのだと想像するとワクワクする。このわたしに関しては子供を産む機会がなかったが、巡り巡ってわたしと似たような固体がこの宇宙の何処かに発生したとき、もしも世界がそうなっていたらきっと楽しいだろう。

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