3 亡

 ――先週はずっと家にいなかったね。

 ――ちょっと旅行に……。

 ――贅沢だな。

 ――家庭教師の間隙があったのよ。

 ――そうか、良かったな。

 ――だから思い切って……。

 ――一人旅?

 ――焼ける?

 ――今更どうかな?

 ――気にもしない?

 ――いや、不思議だが、付き合っていた当時より心配することがある。

 ――そう……。でも、何故?

 ――他人だからじゃないか?

 ――その昔は他人ではなかったわけね?

 ――訊くまでもないだろうさ。自分がもう一人いる感じだったよ。

 ――そうね、わたしも同じだった。


 わたしが死んだのは元カレと別れたことが理由ではない。逆に、わたしの死を最後まで阻んだのが、そのときは友人に変っていた元カレの存在だ。何故なら一時期彼とわたしは同じ人間だったから……。わたしに起きることは彼にも起きる可能性が高い。その想いが、わたしの気持ちを自死から遠ざける。もっともすべての気持ちが枯れてしまわなければ、わたしは死ななかったのだから、あの死んだ川に彼の想い、あるいは彼への想いはない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る