第3話 月に酔いどれの恋人

理想の貴方はどんな人か、姿も知れない。

だからこそ素敵だと思えるのかしらん?

きっと夢の様に、夜が明けてしまえば、さようなら。

そう思うのに、このネジの事だってあんまりに非現実的なのですから、ちょっとぐらい大胆に聞いても咎められはしないと、勝手に思えてしまったのです。

「次のお題は何にしましょうか?」

ネジ拾いの間に、話が途切れてしまわぬ様にか、はたまたこの物書きの気紛れか、そんな事を何方が始めようと言った訳でもなしに、何と無く始めるのです。

私は何でも答えてくれる素敵な貴方に、これならばと、少し困らせたくてこんなお題を出したのです。

「……恋なんて……如何ですか?」

と。すると、薄っすら赤提灯の明かりを纏い未だ見えない、貴方はクスクスと小さく笑い、その影が小刻みに揺れた。

「……恋?ですか?そりゃあ随分と気難しいお題ですねぇ。何せ僕は恋愛小説家には向いちゃいないから、何とも言えませんが……。」

……ほら、ちょっと困っている。

でもそれが妙に愛らしくさえ思える。ほんの少しでも私の為に考えてくれる姿が嬉しかった。唇に長い指を添えて、遠くを見ている影。

こんな風に、物書きをする時も、きっと考えているのだろうと思うと、それを知れた事が、ほんの少し嬉しい。

「……何で書かないんですか?」

と、これ以上困らせては可哀想だと思った私は聞いた。

「それはね、僕が書くと、どんなロマンスも、悲恋に変えてしまうからですよ。」

なんて、答えが返ってくる。

何だか意外でした。こんなに優しそうなのに、悲恋ばかり書くなんて。

よっぽど、優し過ぎて振られてしまうタイプなのではないかと、こっちが心配になりました。

時々いる、優しけど恋愛対象と違うと言う、あの部類の人種なのかとふと考えが

過ったりもしたものです。

貴方は歳を重ねて恋など忘れてしまったと言う、面白い日記の話をするのです。

確かに少しは笑いましたが、心根ではがっかりもしていたのです。

もう、貴方は……恋を忘れてしまったのでしょうか?

愛になどならなくても、今夜出会えたこの奇跡を、私は恋だと思いたかった。

そんな事を思って、やはり只の夢なのだと諦め掛けたその時、貴方がこう言ったのです。

「……そのですね。僕は今、貴方が言いたい事にも気付いたし、僕が言いたい事にも気付いておるのでしょう?

……僕はしがない物書きです。

他に何も愛する物はない。

恋に何度堕ちようが、愛する物はそれだけなのです。

恋した全てを孤独にしちまう、駄目な奴なんですよ。

……この頭のネジを拾い終わるまでの、

淡く切ない恋だったと思わせてはくれませんか。

今はただ……

夜も明けない夢の中で御座いませうね。」

……気付いていたなんて……。

私は見えもしない顔を俯かせた。

貴方を理想に重ねていた事を始めて恥じていた。

そう、幾ら夢でも失礼だったわ。

なのに、淡く切ない恋なんて……。

私、出来ればずっとこの夢から醒めたくはないのです。

見えもしない貴方のシルエットにも声にも、私はとっくに恋をしている。

ねぇ、あの赤提灯と月明かりが魅せる幻だと、言っては下さいませんか。

私……いけない女です。

貴方のネジ……返したくはないのです。

こっそりとポケットに入れて、宝物の様にしまって大事にしていたいのです。




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