第41話 鷲の意志継ぐ大忍

 健太郎の放った手裏剣を避けた風歌だが、考えている事と体の動きとでが生じ始めていることに気付く。

 踏み込もうとした所に飛んできた手裏剣へ、僅かに反応が遅れてしまった。


「ッ!」


 慌てて刀を振り上げ、風歌は仰け反り気味に手裏剣を弾く。

 体幹が崩れた隙に、健太郎は水のようなものを宙に向かって撒き散らした。


 それが風歌へ雨のように降りかかる頃には、既に健太郎が手元でライターを起動していた。


「ーーーッ!?」


 突如、空気が爆発する。

 健太郎が宙へ撒いたのはガソリンだった。

 風歌は咄嗟に構えた腕で炎を浴び、火傷を負ってしまう。

 

「クソッ!」


 着物に燃え移った火を転がることで消火しつつ、続けて放たれた手裏剣を回避する。

 このままじゃマズい。

 一方的な勝負になってしまう。


 完全な不利を悟った風歌は門に向かって走り出し、その場からの離脱を図った。

 健太郎から放たれる手裏剣を避けながら、転がるように敷地の門を潜って歩道へ飛び出す。


「逃がすか!」


 健太郎は敷地を囲う壁に飛び乗ると、逃げ出した風歌を追い始めた。


「!」


 健太郎の追跡に気付いた風歌は、コンクリートを強く踏んで方向転換する。

 T字路を曲がり、飯屋の連なる通りを駆け抜けた。


 刀を持った血塗れの着物少女が走る光景は誰が見ても異常な光景であり、風歌の行く先を歩いていた歩行者達は慌てて彼女を避けていく。

 車を回転飛びで越えて交差点を抜け、再び方向転換で小道へ入ろうとしたその時だった。


「う"……ッ」


 今まさに地面を蹴ろうとしていた風歌の脹脛ふくらはぎへ、手裏剣が突き刺さる。

 出血によって体力がかなり失われていたこともあり、風歌は前に向かって思い切り転んでしまった。


「……」


 うずくまる風歌へ健太郎が追い付いたものの、彼女に起き上がる気配は無い。

 それをみた健太郎は一定の距離を保ったまま、彼女の様子を伺うことにした。


「立ち上がれないほど弱ったか、それとも油断した俺が近付いてくるのを待っているのか……ま、どっちでもいい。近付くつもりはねぇからな」


 健太郎はそう言って 、脹脛から血液が漏れ出ている風歌を遠巻きに眺める。

 そうして、しばらくの沈黙が流れた後。


「……ちいッ!!」


 いきなり上半身を持ち上げながら振り返った風歌が、隠し持っていた拳銃を健太郎へ向けて発砲した。

 破裂音と共に4発の銃弾が放たれるも、照準が定まらずに全て健太郎の脇をすり抜けてしまう。

 

「やっぱり俺が近付くのを待ってやがったか。浅はかな考えだぜ」


 風歌を嘲笑った健太郎は懐から手裏剣を取り出すと、起き上がろうとする風歌へとどめを刺すべく振りかぶった。


 だが、その瞬間。


「?」


 頭上から金属の歪む音が鳴り、健太郎は音のする方へ顔を持ち上げる。

 その視線の先には、こちらに向かって落下する鉄パイプがあった。


「なッ!?」

 

 健太郎は咄嗟に手を伸ばし、2メートルほどの長さをした鉄パイプを両手で受け止める。


「くッ……!」

 

 腕を伝って全身へのしかかる重圧に、健太郎は膝を曲げて硬直してしまった。

 風歌は始めから健太郎ではなく、背後にあった外れかけの鉄パイプを狙っていたのである。


 そして、次の瞬間。


「があっ……!?」

 

 一気に距離を詰めた風歌によって、健太郎の心臓は椿骸に突き刺された。


 刀身を血液が伝い、健太郎から力が失われる。

 彼の手から滑り落ちた鉄パイプは、重い金属の反響音を奏でて地面に落下した。


「はぁ、はぁ……」


 刀を引き抜いた風歌は、健太郎のサングラスを少しだけ上にずらして中を覗き込む。


「うわっ、こんな目してたの」


 驚きと困惑とが入り混じった反応を見せながらサングラスを下ろすと、風歌は健太郎の首をね飛ばした。




 健太郎を殺害した風歌は体力と疲労が限界まで達し、ふらふらとその場にへたり込んでしまう。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 風歌は壁に背を預け、しばらくの間ぼんやりしていた。

 血液が減少し、目眩めまいがする。


 そんな彼女の元へ、小石を踏む足音が訪れた。


「!」


 音に反応して振り向いた風歌の視線が、逆光に照らされた人影を捉える。

 大柄なその影は、を身に纏っていた。


 そのシルエットに加え、目元から覗くしわだらけの眼光。

 現れたのは灯治衆『大忍』……『影の才蔵』だった。


「……ッ!」


 現れた新たな刺客に顔を強張らせるも、風歌の体はもう限界である。

 才蔵は無言で風歌に歩みを進めた後、自身の忍装束を鷲掴んで外へ払った。


 忍装束を脱いだその姿は、風歌の目を丸くさせる。


「驚いた?」


 それもそのはず。

 中にいたのは紗也だったからだ。




 紗也は灯治衆の本拠地を襲撃し、全ての忍を殺害した後、『大忍』である才蔵と交戦。

 才蔵を殺害し、風歌を驚かせようと彼に扮してやってきたのである。


 紗也はボロボロの風歌を見て、即座に肩を貸して立ち上がらせた。


「お疲れ様。じゃ、帰ろっか」




 風歌が神楽を殺害してから、数日が経過する。


 ニュースでは毎日のように『稲火狩り』の死亡について報道されていた。

 それもそのはず。六牙将の中で最強と言われていた者が、殺害されたのだから。

 

 飽きるほど見たニュースを眺めながら、風歌はソファに寝転がってピーナッツをかじる。

 そんな風歌を見つけた紗也が、ソファの後ろにやってきた。


「傷はどう?」

「かなり良くなったかも」


 紗也の質問に、風歌は頷いて答える。

 ここは紗也の持つ住宅の一つで、風歌は数日間ここで身を隠しながら療養生活を送っていた。


『犯罪率の増加が懸念されますが、ここ数日間ではむしろ減少傾向で……』

「ま、当然だよね〜。黒鷲一派と灯治衆っていう2大組織が壊滅して、犯罪者達の後ろ盾が無くなっちゃったんだから」

 

 紗也はソファに寄りかかりながら、原稿を読み上げるキャスターへ被せるように独り言を投げる。

 忍者は広いネットワークで犯罪者達と協力関係を結んでいた。

 

 殺し、隠蔽、情報収集あらゆる分野に長けた忍者は犯罪者達にとって非常に頼れる存在であり、一定の金額を納める事で後ろ盾になってもらっていた犯罪者は多かったのである。

 逆に言えば、忍者の方が壊滅すれば犯罪者達は逃げ場を失う。

 当然捕まるリスクも増すため、彼らは大人しくせざるを得ないのだ。


 ニュースがようやく別のコーナーへ移った所で、風歌はソファから身体を起こして立ち上がる。

 立ち上がる際に、正面の机へ置いてあった椿骸を握ったその瞬間。


「ッ!?」


 部屋中に、鋼の音が鳴り響く。

 即座に刀を抜いた風歌が、背後に立っていた紗也の首元まで刃を振り切ったのだ。

 咄嗟に鉤爪を出して防御した紗也の、整った表情が引きつりを見せる。


「風歌ちゃん、急にどうしたの……?」


 困惑と驚愕の入り混じった反応を見せた紗也へ、風歌は刀を押し付けたまま答えた。


「悪いけど、殺すことにした」


 そう答えた風歌の顔は笑うわけでも怒るわけでもなく、ただただ無の表情をしていた。

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