第40話 瀕する猛虎が喰らう首
一本の冷たい感覚が神楽の胸を貫き、体内で急速に血液の消えていく感覚が襲う。
風歌はミスを犯したのではない。
確実に神楽を殺すため、致命傷を負う覚悟を持って『諸刃の罠』を仕掛けたのだ。
「『肉を切らせて骨を断つ』って言うんだっけ……? こういうの……」
ボタボタと血液のこぼれる胸元を右腕で押さえながら、左手で強く刀を握った風歌が笑う。
だがその顔は、唐突に焦りへと転じた。
「なッ……!?」
心臓を貫かれた神楽が腕を伸ばし、風歌の首を掴みにかかったのである。
心臓を刺されているにも関わらず、その目には未だ闘志が宿っていた。
首を掴まれた風歌は、凄まじい力で宙に持ち上げられる。
「だったらせめて……テメェを殺して死んでやる!!」
刺された胸から血が吐き出されていく中、そう啖呵を切った神楽は手に力を込めて風歌の首を絞め始めた。
六牙将最強と言われる凄まじい握力は風歌の首筋を潰し、気道を縮めていく。
「がっ……ごぐ……」
神楽の手を掴んで足を必死に動かす風歌だが、その足は空を切るばかり。
だがしかし、唯一スニーカーのつま先が触れる場所があった。
「!」
神楽の胸に刺さった、椿骸の頭の部分である。
首を絞められて血液が一気に頭へと上っていく中、風歌は椿骸の頭に足を添えて力を加えた。
つま先で刃を動かし、先に神楽へとどめを刺そうとしたのである。
「がああああああああああッッッ!!!」
「うおおおおおおおおおおッッッ!!!」
風歌が神楽へとどめを刺すか、神楽が風歌の息を止めるか。
2人は睨み合い、互いに命の糸が切れる寸前だった。
そして、終わりは唐突に訪れる。
風歌の頭に血が登り切り、手足が麻痺し、意識が途絶えかけたその時だった。
「…………ッ!」
突如、神楽の腕が力を失って下ろされる。
首を掴まれていた風歌は地面に投げ出され、開いた気道から一気に酸素が流れ込んだ。
「はー……っ!はー……っ!はー……っ!」
風歌は両手を地面に着け、
神楽は直立した状態のまま、動かない。
神楽は既に、死んでいた。
風歌は神楽との死闘に勝利したのだ。
ガクガクと痙攣する脚になんとか力を込めて立ち上がり、よろめきながら神楽に突き刺さる椿骸へ手をかける。
震える手でゆっくりと引き抜くと、どろりとした血液の塊が一気に排出された。
続々と血液が溢れ出していくが、神楽は倒れなかった。
目を見開いたまま、仁王立ちで直立している。
そんな彼女の死に様を見た風歌は、呆れたような笑みを見せた。
「……全く、化け物かっての」
胸元を抉らせる諸刃の戦術を使って心臓を突き刺してもなお、あと少しで絞め殺されるほど追い詰められたのである。
彼女は間違いなく、六牙将の中で最強の存在だった。
この屋敷は既に神楽が壊滅させたため、神楽を倒した今もうここに用は無い。
怪我と疲労の蓄積した体を休められる場所を探すべく、風歌は出口を向いて歩き始めた。
その時だった。
「ぐうっ……!?」
風歌の背中に、鋭い激痛が走る。
神経が千切られるような感覚は、何かが突き刺さった痛みだった。
少し前へよろめいた後、風歌は背後を振り返る。
風歌の背中に刺さったものは
そしてその先に、一人の影が佇んでいる。
「テメェ……!」
黒い忍装束を纏い、その目にサングラスを装着した男……。
そう、健太郎だった。
「六牙将にボコられて、惨めに隠れてやがったのか。主人が殺されたってのに、不忠なゴミ野郎だな」
「俺は負けると分かる戦いをするほど馬鹿ではないんでね。隠れてやり過ごそうとした時に、ちょうどお前が来てくれて助かったぜ」
風歌の罵声を冷ややかに返した健太郎は、背中に差してあった忍者刀を握る。
風歌は胸に左腕を当てて出血を押さえながら、右手に握った刀を健太郎へ向けた。
「負けると分かってる戦いはしない……つまり、今の私が相手なら『勝てる』と思って姿を現したって事だよな? 舐められたもんだ」
呆れたようなため息と共にそう呟いた風歌は、脱力した姿勢から一気に距離を詰める。
地を蹴って空中で回転しながら健太郎の刀を弾くと、よろめいた彼に向かって上段斬りを放った。
刀は健太郎の体を真っ二つにしたが、あまりにもその感触が伝わってこない。
まるで、布を斬るような感覚だった。
「ッ!」
すぐさま振り返った風歌が刀を振るい、背後から襲いかかってきた健太郎の刀を受け止める。
変わり身の術。黒鷲一派の大忍である、朧が使っていた技だ。
「その戦術は知ってんだよ!」
そう言って刀を弾いた風歌が返しの横薙ぎを放つが、それを読んでいた健太郎は宙返りで回避する。
距離を詰めようと前に出た風歌だったが、宙返りの軌道から見える
「ちいっ!」
腰を落として刀を振るい、襲ってきた
だが片腕だけでは捌き切ることができず、胸を押さえていた左腕に2本の刃が突き刺さってしまった。
「〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」
風歌は鋭利な激痛に耐えながら、後ろに下がって体制を立て直そうとする。
だが、そんな彼女の後退を阻む存在があった。
「!」
響く水音に、何かが一瞬で泡立つ音。
ちらりと視線を背後へ向けると、背後に大きな水溜りがあった。
そこに触れるスニーカーの踵部分が、泡を立てて溶けているのである。
酸だ。
一瞬気を取られた隙に、風歌は健太郎からの接近を許してしまう。
「くッ!」
何とか健太郎の刀を受け止めた後、続けて繰り出された斬撃を横に転がって避けることに成功した。
屈んだ状態から突きを繰り出して反撃するが、上半身を反らせた健太郎に避けられてしまう。
後ろに下がりながら放たれた3枚の手裏剣を弾いたものの、足にうまく力が入らない。
出血が、かなり進行しているのだ。
「わざわざ近付く必要はねえ。距離を取って戦い続けりゃあ、じきにお前は刀を振ることさえ難しくなる。近付くのは、その後でいい」
数メートル先に立つ健太郎がそう口にする。
彼も神楽との交戦で多少の傷を負ってはいたものの、風歌に比べれば明らかに軽傷だった。
このまま行けば、風歌が先に倒れるのは確実だろう。
「黒鷲一派『
顔の見えぬ忍装束の下にも関わらず、健太郎が笑ったように見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます