第39話 風立つ血潮に仕種落ち

 風歌は神楽の拳を避けながら、反撃の刀を繰り出していく。

 彼女の背には、地面に転がる蛇矛があった。

 あれを拾われれば、今度こそやられてしまう。

 何としてでも、神楽に蛇矛を拾われるわけにはいかなかった。


 風歌の刀を腕のプロテクターで弾いた神楽が、カウンターの拳を放つ。

 屈んで回避した風歌は、下から突き上げるような蹴りを繰り出した。

 神楽は風歌の足首を軽々と掴むと、それを自身の膝に叩き付けてへし折ろうとする。


 しかし、風歌はそれを予想済みだった。

 体重を使って体をねじり、神楽の肩に向かって刀を放つ。

 刀の刃は僅かに彼女の肩を掠め、出血を起こした。


「ちッ!」


 一瞬肩へ意識の向いた神楽から脱出し、風歌は再び攻撃を繰り広げる。

 そうしてしばらくの攻防が続いた後、神楽が動いた。


「らァッ!!」

 

 腕のプロテクターで刀を受け止めた後、突き上げるような拳を放つ。

 それを予測して回避した風歌だったが、神楽はそれを狙っていた。

 風歌が避けた場所へ大きく足を踏み込み、そのまま真っ直ぐ突き抜ける。


 風歌の刀を弾きつつ、神楽はもう片方の手を地面に伸ばした。

 彼女が掴んだのは、先ほど風歌の頬を裂いた蛇矛。


 「だァら!!」


 掴むと同時に振り上げることで、風歌の放った斬撃を弾く。

 攻撃した側にも関わらず、風歌の手が痺れを起こしていた。

 蛇矛を振り回す神楽からバックステップで距離を取り、風歌は繰り出される突きを受け流していく。


「ちいッ!」


 神楽の突きを受け流す際にバランスを崩してしまい、風歌は続けての一撃を許してしまった。

 肩を掠めた蛇矛の刃が、筋肉を千切り血液を引きずり出す。


 風歌は翻って蛇矛を弾き、後ろに下がって距離を取ろうとした。

 だがそれを許さぬ神楽が大きく踏み込むと、伸ばした手で風歌の首を掴む。


「ッ!?」


 勢いのままにバランスを崩し、風歌は神楽に押し倒されてしまった。

 押さえつけられたまま1発、2発と顔面を殴られ、胸倉を掴まれて持ち上げられる。

 神楽は掴んだ風歌を、外壁に向かってフルスイングでぶん投げた。

 顔面を殴られ意識が飛びかけていた風歌は対処する余裕もなく、壁がひび割れるほどの勢いで叩きつけられてしまう。


「げほっ……ぎッ……」


 骨の芯が震えるような感覚。

 体は言う事を聞かず、無理に動かそうとすると電気が走るように痛い。

 薄れる意識の中で、神楽が近付いてくる音が聞こえてくる。

 

 やべぇ。

 コイツは正真正銘、今まで戦ってきた誰よりも強い。


 倒れる風歌の前に立った神楽は、とどめを刺すべく蛇矛を構えた。


 だが、しかし。


 甲高い金属の音が響き、放たれた蛇矛は風歌の目の前で停止する。


「こんな所で、死ねるかよ……!!」


 風歌は刀を持ち上げ、神楽の蛇矛をギリギリで受け止めていた。

 蛇矛の刃を弾き返した風歌は、続けて放たれた突きを避けつつ立ち上がる。

 頬から垂れる血を雑に拭った後、腫れた目で神楽を睨んだ。


 既に『薙ぎ赤鬼』『千変武龍』『囲炉裏天狗』の3人を殺害し、あと3人を殺せば六牙将は全滅する。

 諦められるわけがない。


 それに……。


 次から次へと繰り出される神楽の攻撃を、風歌はよろめきながらも宙を舞う紙のように避けていく。

 その口元には、薄らと笑みが作られていた。


「ッ!!」


 唐突に刀を振った風歌が、神楽の蛇矛を弾き飛ばす。

 脱力した状態からの一撃だったにも関わらず、その威力は僅かに神楽の姿勢が揺らぐほどだった。


「……!?」

 

 神楽の表情が、一気に焦りを帯びる。

 攻撃を避けた彼女の頬数ミリメートルの空間を、風歌の刀が貫いていたのだ。

 神楽は蛇矛で刀を弾き、再び繰り出された刀を一歩下がって受け止める。

 風歌は左腕を下ろし、右手のみで刀を握る状態にも関わらず、その刃と刃は拮抗していた。


 「『どれだけ強い奴だろうと、『癖』さえ見極めれば誰が相手でも大したことはない』って言ってた奴がいたんだ……」


 神楽の蛇矛を打ち払い、返しに放たれた蛇矛の突きを半身になって避ける。

 2合打ち合った後、蛇矛を弾いた風歌は地を強く踏んだ。

 瞬間。まるで姿が消えたかのような速さで、風歌は神楽の脇下を通り過ぎる。


「うぐッ……!?」


 途端に神楽の脇腹から、真っ赤な血が噴き出した。

 風歌は目にも留まらぬ速度で、彼女の脇腹を斬ったのである。


「お前の『癖』は、分かりやすすぎるな」


 背中を向けたまま顔だけを振り返らせ、風歌は口の端を持ち上げてそう告げた。


 神楽の突きを大きく仰け反って避けると、その柄を蹴り上げながら飛び上がる。

 空中に逃げる事で神楽が続けて放っていた掴みを避けると、腰を捻って蹴りを繰り出した。


「がっ……!!」


 スニーカーの甲が頬に食い込み、神楽は横方向へよろめいてしまう。

 翻った風歌の刀を肘のプロテクターで食い止めたものの、連続で放たれた斬撃によって上腕を縦に裂かれてしまった。


「ちいっ!」


 重い玉鋼の音を響かせて風歌の刀を蛇矛で弾き返し、足を引いて立て直そうとする。

 だが、風歌はそこを狙うことにした。


 大きく足を踏み込んで横一文字の一閃を放つ。

 避けた神楽が返しの一撃を繰り出すも、難なく弾いた風歌がさらに飛び込んだ。

 雪崩なだれの如き連撃が神楽の立て直しを許さず、着実に彼女を追い詰めていく。


 しかし。


「ッ!」


 風歌は、たった一度のミスを犯してしまった。

 踏み込んだ足を僅かに滑らせてしまい、体幹が崩れてしまったのである。

 神楽はそのミスを見逃さなかった。


「もらったあァーーーーーーッッッ!!!」


 風歌の刀を弾いた彼女は、喉が裂けんばかりの叫びと共に刺突を放つ。

 仰け反った風歌の胸元をえぐり、鮮血を勢いよく弾け飛ばせた。


「それをやると思ったぜ」


 だが、しかし。

 

 致命傷を負ったはずの風歌の顔は、笑みを帯びていた。


「ッ……!?」


 神楽はそこで、自身が読み合いに『敗北』してしまった事に気付いてしまう。

 彼女の胸には、椿骸が深く突き刺さっていたのだ。

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