第38話 焼け石滾る無双の拳

 神楽の奥を見ると、複数の人影が床に伏している。

 風歌が来るよりも先に、彼女が黒鷲一派を全滅させていたのだ。

 神楽は左手に握る一冊の手帳を見せつけ、風歌に説明する。


「こいつは灯治衆のクソ忍者から貰った、黒鷲の仲間やってた奴のリストだ。こいつらからここに辿り着いた。今回の件で全滅させられる機会を作ってくれた事だけは、お前に感謝しないとな」


 神楽の表情は余裕の笑みを見せていたが、同時に凄まじいまでの殺気が感じられた。

 もう用済みとなった手帳を捨てると、神楽は自身の武器である蛇矛を構える。


「残った奴らを始末するために、お前が来ることもある程度予想できていた。だからここで待ってたんだ、この忍者共を絞めながらな」


 そう言いながら屈んだ神楽が持ち上げたのは、顔面が蜂に刺されたように腫れている春一郎の姿だった。

 以前のような恵比寿の如き穏やかな表情は無く、何とも無残な姿になっている。


「『辻斬り太刀花』、許さんぞ……」


 春一郎が掠れた声を絞り出し、風歌に恨み言を吐いた。

 

「はっ。忍者にも恨まれてんのか、当然だけど」


 春一郎の言葉を聞いた神楽は軽く笑った後、持っていた小さなナイフで春一郎の首を刺す。

 春一郎は目を思い切り血走らせた後、呼吸を止めて床へ倒れ伏した。


「さて、と……」


 手に付いた僅かな血を払いながら、神楽は再び風歌へ視線を向ける。

 その表情からはもう余裕は消え去り、完全なる殺意の色へと染まっていた。

 

「殺してやる」


 短くそう告げた神楽が、いきなり風歌へ仕掛ける。

 屋敷から飛び出しながら蛇矛を振り上げると、大振りの叩きつけを放った。

 転がって回避した風歌を追尾するように、神楽はすぐさま蛇矛を横へ薙ぎ払う。


「ッ!」


 凄まじい速度で襲ってきた蛇矛を刀で受け止めようとするも、あまりのパワーに押し切られてしまった。

 勢いに負けて後方へ転がってしまった風歌に、素早く蛇矛を引いた神楽が次々と突きを放つ。


 風歌は下がりながら蛇矛の刃先を弾いていった後、神楽に向かって側転で一気に距離を詰めた。

 砂利を踏んで飛び上がり、空中から刀を振り下ろす。

 

 が、しかし。

 神楽は大きく胸を反らすことで、風歌の攻撃をあっさりと回避した。

 そして起き上がる反動を利用し、風歌の脇腹へハイキックを放つ。


「がッ……!?」


 丸太でぶん殴られたかのような、あまりにも重い衝撃。

 骨が軋み、内臓が潰れたかと錯覚するほどの痛みが走る。

 蹴りによって地面に叩きつけられた風歌へ、神楽は容赦なく蛇矛で追撃をかけた。


「ちいッ!」


 風歌は仰向けの状態で刀を操り、繰り出される突きをなんとか凌いでいく。

 神楽の蹴りに合わせて転がることで離脱に成功し、追撃として放たれた蛇矛を受け止めた。

 蛇矛の波打った刃が噛み付き、風歌の刀がギリギリと軋み声を上げている。


「ヘンテコな武器を使いやがって」

「ヘンテコだ? こいつは大昔からある、立派な武器だぜ」


 風歌の言葉にそう返した神楽は、風歌の刀を弾いて足を引いた。

 同時に風歌も距離を取って構え、互いに睨み合う形となる。


「大業物『萩弩無双はぎどむそう』。こいつを使って敗れたことは、ただの一度もねえ」

「じゃ、私が最初の一人だな」


 自身の蛇矛の名を語った神楽へそう返すと、風歌は再び踏み込んで斬りかかった。

 体を大きくひねって蛇矛を弾き、地を蹴ってフィギュアスケートのように空中で一回転。横一文字の斬撃を放つ。

 しかし神楽は蛇矛を手放して屈むことで刀を避けると、風歌の側頭部に左拳でのフックパンチを放った。


「うごッ……!?」


 万力で顔面を締め付けられるかのごとき衝撃が、右から左へと一直線に駆け抜けていく。

 衝撃に引っ張られる形で、風歌の体は横へと吹き飛んでいった。

 手放した蛇矛を再び掴んだ神楽は左足を踏み出し、胸を大きく開いて蛇矛を振りかぶる。


 次の瞬間。

 槍投げのような恰好で、風歌に向かって勢いよく蛇矛をぶん投げた。

 投げる際に発生した凄まじい衝撃が空気を裂き、逆風となって神楽のポニーテールをはためかせる。

 

「ッ!!」


 吹き飛ばされて地面を転がった風歌は、矢のような速さで迫る蛇矛に気が付いた。

 急いで姿勢を立て直し、刀を持ち上げて刃を受け止める。

 だが、しかし。


 神楽の投げる威力は、あまりにも強すぎた。


「んなッ!?」


 受け流し切ることができず、蛇矛が風歌の頬を掠めてしまう。

 波打った刃は頬肉を大きくえぐり、風歌はバランスを崩して一回転してしまった。


「はーッ、はーッ……!」


 早くなっていく鼓動に合わせて、傷口から血の溢れ出してくる感覚がする。

 数センチメートルの差が無ければ即死だった。

 

 それに、あまりにも力が強すぎる。

 蛇矛を弾いた風歌の手のひらは、遠目で見ても分かるほど震えていた。

 力自慢で有名だった『薙ぎ赤鬼』大関 重松の薙刀よりも、遥かに重い。


「らァッ!!」


 気付けば神楽が接近して拳を振り上げていた。

 放たれる2度の拳を避け、切り返しの刀を放つ。

 神楽は腕に装備していたプロテクターでそれを弾くと、もう片方の拳を風歌の腹部へ叩き込んだ。


「う"ッ……」


 あまりの威力に、風歌の体が一瞬だけ宙に浮かび上がってしまう。

 そこを狙った神楽は拳を振りかぶり、風歌の顔面にストレートパンチを叩きこんだ。

 体が弾丸のような速さで吹き飛び、風歌は地面に叩きつけられてしまう。


「はあ、はあ、はあ……ちくしょう」


 強い。

 これまで3人の六牙将を倒したにも関わらず、風歌は苦戦を強いられていた。

 蛇矛を受け止める度に手のひらが痺れを起こし、体幹が大きく揺らぐ。

 放たれる拳は一撃一撃が、意識が飛びそうなほど重い。

 何かタネがあったり、高等な技術や小細工を使われたというわけでもなく……。


 単純に、彼女が凄まじく強いのである。


 


 『六牙将の強さの順番は?』

 そんな話題が、ときおり人々の間で流れることがある。

 成果や地力、状況などの様々な要因が重なるため、この手の話題は常に激しい議論が繰り広げられていた。


 当の六牙将も、その話題を振られると顔を難しくする。

 だがどの六牙将も、口を揃えて断言することがあった。


 『戦闘力だけで考えれば、間違いなく神楽だろう』


 そう。飛ヶ谷 神楽は六牙将の中で、全員が認めるほど飛び抜けて戦闘力が高い。

 彼女は六牙将の中で、『最強』を冠している人物なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る