第37話 罪を背負いし黒烏

 リビングに案内された宗重を、椅子に座っていた老父が出迎える。


「どうぞ、座ってください」


 宗重は言われるがままに、手前にあった椅子へ窮屈そうに着席した。

 その様子に笑顔を見せた老婆が、静かにキッチンへと移動する。


「傷は大丈夫ですか?」


 老父は読んでいた本にしおりを挟みながら、宗重に体の調子を尋ねた。


「ええ、まあ」


 その優しい微笑みに困惑しながらも、宗重は素直に答えてしまう。

 宗重は人に優しくされ慣れていなかったのだ。


「救急車を呼ぶなと言われた時は驚きましたが、無事で良かったです。あの時、周りにいた皆さんが運んでくれたんですよ」

「周りにいた人達が……」


 老父の言葉を反芻はんすうする。

 老父はその後も宗重と話を続けたが、踏み入った話は一度もしなかった。

 どう見ても宗重は、只者ではないと分かるのに。


「お待たせしました」


 台所からやってきた老婆が、両手で持っていた器を宗重の前へ置く。

 見た目はかゆなのだが、その香りはシチューのそれであった。

 続けて自分達の料理を運びながら、老婆は宗重に出した料理を解説する。


「シチューの素を使った、お粥です。病み上がりに大きいものを食べさせるのは、酷かなと思いましてねぇ」

「…………」


 そう言いながら老父と自身の場所に料理を置いた老婆は、ゆっくりと椅子に座った。

 老婆は宗重と老父に目配せを送ると、両手を合わせて食事を始める。

 

 食事を終えて老夫婦の家を去るまで、宗重は何も聞かれることはなかった。

 小雨の鬱陶しい道を歩きながら、宗重は自身の元居た場所へ戻っていく。


 だがしかし、彼の中で確実に何かが芽生えていた。


 無事に自身の組織へ戻った宗重だったが、仲間が出す悪事の提案に乗ることが少なくなった。

 自分のやっていることは、正しい行いではない。

 そんな自覚が、彼の中で増幅し始めたのである。


 そして時が経ち、彼の人生の転機が訪れた。


 自身の組織が警察に囲まれ、人質を取って立てこもりを起こしたのである。

 仲間達が脱出の計画を話し合う中、宗重の胸中には葛藤が生まれていた。

 警察の包囲網を抜けて脱出する事は、人質を上手く使えば容易だろう。

 

 だが、それは……。


 正しい行いではないと思う。


 俺はどうしたい?

 俺に優しくしてくれた老夫婦のような一般人を、これからも巻き込み続けたいか?


 悩んだ末に、宗重は決心した。


 

 

 脱出の計画が固まり、組織のリーダーが窓から顔を出して警察官と交流をし始めたその時。

 後ろからリーダーへ近付いた宗重は唐突に拳銃を抜くと、彼の頭を撃ち抜いた。

 リーダーは外を向いたまま、誰に撃たれたかも分からないまま窓から転落する。


 建物の内外から、どよめきが湧き起こった。


「てめえ、何考えてやがる!」


 宗重は後ろにいた仲間達から、一斉に銃を向けられる。

 宗重は即座に手を上げながら、外の警察官に聞こえるよう声を張り上げた。


「人質は解放した! 裏口にいる!」


 そう。宗重は仲間達が作戦会議を行っている最中に、別室で捕らえられていた人質をこっそり逃がしていたのである。

 その言葉を聞いた警察隊が一気に動き出した。

 建物に次々と武装警察がなだれ込んでくる中、宗重は仲間だった連中へ寂しげな視線を向ける。

 

「悪いな」




 こうして宗重は逮捕されたものの、彼の所属していた巨大犯罪組織を壊滅に導いた張本人ということで、本来よりかなり短い刑期で出所が許された。

 出所後は罪人時代での腕を買われ、『六牙将』への加入を認められたのである。




 死体の転がる現場から去った宗重は、車に乗ってある場所へと向かった。

 自身が所属していた犯罪者集団による、被害者達の家である。

 

「二度と来ないで!」

「『六牙将』になったからって、許されると思うな!」

「地獄に落ちろ!」


 被害者達の家へ行った時に放たれる台詞は、いつも罵詈雑言だった。

 モノを投げられ、時には凶器を向けられることもあった。


 だが宗重は、被害者達の家を巡る事を止めなかった。


 自身の給料のほとんどを被害者達へ詫びるために使い、何度も頭を下げ続けた。

 許されるつもりなんて、さらさら無い。

 これが自分の犯した罪なのだから。


 いくら『六牙将』としての成果を上げようとも、いくら謝罪をして回っても、仲間を裏切った元『危険度A』の犯罪者だったという経歴は拭えない。

 だが彼は、かつて見知らぬ老夫婦が自分を助けてくれたように。

 見知らぬ人々の、助けになりたいと思っているのだ。


 超が付くほどの極悪犯罪者である『辻斬り太刀花』を倒すことができれば、皆の心に安らぎを与えることができる。


 だから宗重は、何としてでも自分自身の手で『辻斬り太刀花』を倒したいのだ。





 場所は変わり、黒鷲一派本部こと春一郎の屋敷にて。

 健太郎と春一郎とが、疲弊した顔で部屋に居た。


「結局、椿骸の行方は知れずか……ちいっ!!」


 春一郎が、怒りに任せて畳を殴る。

 当然だろう。黒鷲一派は先日の抗争でほとんどが死亡し、ほぼ壊滅状態にまで陥っていたのだから。


「とにかく、今はコマを集めるのが先かと。しばらくはなりを潜めて……」


 言いかけた健太郎が、何かに気付いて顔を上げた。

 廊下側の襖をそっと開けて外を見ると、彼の顔が一気に変貌する。


「嘘だろ……ッ!?」


 健太郎が狼狽した理由はとても簡単だ。

 視線の先……この屋敷の入口に、ある人物の姿を見たからである。




 沙也と風歌は最後の『仕上げ』を始めようとしていた。

 黒鷲一派と灯治衆という忍達を全滅させる、最後の『仕上げ』を。


「今、忍者達はほぼ壊滅状態に陥ってる。そして私達は、奴らの居場所を知っている」


 風歌は以前手を組んだこともあり、黒鷲一派の本拠地……春一郎の屋敷を知っている。

 そして沙也は事前に、灯治衆の本拠地を調べ上げていた。

 

「私は灯治衆の本拠地へ。風歌ちゃんは黒鷲一派の屋敷へ行って、残ってる忍を殺すの!」


 忍がいなくなれば、風歌の命を狙う者はほとんどいなくなる。

『轢き黒蛇』のように、忍に依頼されて風歌を襲う者も現れなくなるだろう。


「よし、忍者共を皆殺しにするぞー!」


 風歌が張り切ってそう呟くと、2人はそれぞれの場所に向かった。




 沙也と別れて10分ほど歩いた所で、風歌は春一郎の屋敷を発見する。

 

「ここで食べた寒氷かんごおり、美味しかったんだけどな~……」


 名残惜しそうに呟きながら屋敷の外壁に沿って歩き、入口から顔を覗かせる。

 入口に人の気配は全くなく、風歌は首を傾げた。

 人が少ないとはいえ、入り口付近に誰もいないことがあるだろうか?


 少し疑問に感じたが、考えた所で意味はないだろう。

 そのまま門をくぐり、敷地内に足を踏み入れる。

 砂利道を踏みながら周囲を見渡していると、正面に位置する屋内の襖が勢いよく開いた。

 

「来ると思ったぜ、『辻斬り太刀花』」


 襖の奥に立っていた人物は、赤いポニーテールに大きなつり目が特徴的な女性。

『六牙将』が一人。

『稲火狩り』飛ヶ谷ひがたに 神楽かぐらだった。

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