第36話 赤い火薬で夜が明ける

 一方、沙也は忍の車とパトカーとのカーチェイスを続けていた。

 一般の車を巧みに避けながら逃走をしているが、追手も沙也の車にしつこく張り付いている。

 

「!」


 バックミラーに、こちらへ銃口を向ける忍の姿が見えた。

 沙也が屈んだ姿勢を取るとほぼ同時に、銃弾が車体を跳ねる音が鳴る。

 姿勢を低くして次々と飛んでくる銃弾に耐えながら、沙也はさらに道を駆け抜けた。


「いいよ、そのまま付いてきなさい!」


 ガラスに銃弾が突き刺さりながらも、沙也は笑みを浮かべている。

 シフトレバーを引いてカーブを曲がり、さらに加速した。

 続いて忍の乗るスポーツカー達が、その次にパトカー達がサイレンをけたたましく鳴らして追従する。


 後ろでもカーチェイスが発生しているようで、時折破砕音や爆発音が後方から響いていた。

 沙也がミラー越しに確認するだけでも、明らかに追いかけている台数は減っている。


「けど……最後は私が片付けないとダメそうね!」


 そう口にした沙也はシフトレバーを操り、狭い一本道へと突入した。

 後続車達もひしめき合いながら、沙也を追って同じ道路へ入る。

 その数、合わせて5台。


 これなら、全員まとめて仕留められるわね。


 目を細くして口の端を持ち上げた沙也は、突然ブレーキを強く踏んだ。

 一本道にも関わらず右へ急ハンドルを切り、車体を横に向けながら前方へ滑る。

 左の扉を開けると同時に、車は何かにぶつかって急停止した。

 強い慣性が働き、沙也は開けた扉から外へと吹き飛ばされる。

 

 ぶつかったのはバリケードだった。

 沙也があらかじめ、激突するために用意していたものである。

 後続車達は突然横を向いて停止した沙也の車に反応し切れず、勢い余って次々と激突してしまう。

 吹っ飛んでいった沙也は空中でそれを確認すると、手に握っていたスイッチを押した。


「どーん!」


 瞬間。沙也の乗っていた車が強い光を発した後、大爆発を引き起こした。

 爆炎が後続車を襲い、凄まじい瞬間風速が車体を砕く。

 沙也の車にはありったけのダイナマイトが仕掛けられており、それをスイッチによって起爆させたのだ。


「うわっ!」


 車から飛び出す際に持って来ていたライオットシールドを構えたものの、沙也のすぐ近くを通っていく爆風が火傷しそうなくらい熱い。

 爆風によってさらに吹き飛ばされた沙也は3度地面を跳ね、滑りながらようやく停止することができた。

 大破した車の中から、辛うじて一命を取り留めた血塗れの忍者が姿を現す。


「ちく……しょう……」


 瓦礫を押し退けて痺れる体を引き摺り、炎上する車から這い出していた。

 生き残ったのはたったの2名。

 両方とも忍者で、警察は全滅している。


「刀ひとつに命を賭けてご苦労様。けど、それも無駄だったわね」


 沙也はボロボロの彼らをあざ笑うように言い放った。

 そして彼らが命を賭けて求めていた刀、椿骸を見せつける。


「これがの椿骸なら、私が素手で触れるはず無いじゃない」


 そう。風歌が最初に取りこぼし、沙也が持っていたこの刀は贋作の椿骸。

 彼らは偽物の刀に釣られて、警察達と殺し合いを起こしていたのだ。

 絶望する2人の生き残りに対して、もう用済みになった贋作を投げ捨てた沙也が鉤爪を構える。


「じゃ、死んでもらおっか」


 死刑宣告を行った沙也は一瞬にして、2人の忍者を切り裂いた。




 夜が明け、朝が来る。

 風歌が現れた交差点の周辺は、凄惨せいさんたる光景に満ちていた。

 あちこちに立ち入り禁止のテープが張り巡らされ、野次馬を押さえるだけでも一苦労である。

 黒鷲一派、灯治衆、そして警察隊があちこちで倒れており、黒かったコンクリートの道路は赤い血で染め上げられていた。


 その光景を、『仕置き烏』栗延 宗重が静かに眺めている。


「酷いな……」

「正確な数は不明ですが、死傷者は1000人を越えそうです」


 隣で立っていた警察官の言葉を聞き、宗重はさらに眉をひそめた。

 顎鬚あごひげを撫でながら現場に背を向け、その場から立ち去っていく。


「嫌なこと、思い出させてくれるぜ」


 宗重は自身が『六牙将』になる前……罪人として追われていた頃を思い出していた。




 敵対組織を皆殺しにした時の光景に、よく似ている。

 宗重はとある犯罪者集団の幹部を担っていた。

 騙し、盗み、殺す。何だってやる集団だった。

 そこで数年過ごしていた宗重だったが、ある出来事を境に彼の感情に変化が起こる。

 

 縄張り争いをしていた敵対組織へ、襲撃をかけた日だった。

 かなり大規模な抗争となり、あちこちで火の手と銃声が上がる過酷な戦いだった。

 結果は宗重達の勝ちで終わったが、彼は抗争の際に2発の弾丸を受けてしまう。


 そんな中、現場に武装警察隊が現れた。

 宗重達は散り散りに逃走を始めるが、弾丸を受けて出血量の多かった宗重は体力が続かず、途中で力を失って倒れてしまう。

 もう動ける気力もなく、流れ出る血は止まりそうにない。


 なんか案外、あっけない最期だったな……。


 薄れゆく意識の中でそんな事をぼんやりと考えていた宗重の元へ、2人の影が立ち止まった。


「……?」


 彼の顔を覗き込んだのは、見知らぬ老夫婦。

 彼らは傷だらけの宗重を見て、お節介にも彼に応急処置を施し始めたのである。


「大丈夫ですよ。すぐ救急車が来てくれる」

「救急車は、呼ぶな……」


 ハンカチで傷口を押さえる老父へ、宗重はそう言葉を返した。

 救急車を呼ばれると、きっと捕まってしまう。

 その言葉を聞いた老夫婦は互いに顔を見合わせた後、優しく微笑んだ。


「分かった。では、私の家で休もう」



 

 いつの間にか意識を失っていた宗重は、見知らぬ家のベッドで目を覚ます。

 起き上がった自身の上半身を見ると、丁寧に巻かれた包帯がすっかり傷口を塞いでいた。

 出血も収まり、問題なく体が動かせる程度には体力も回復している。


 木製の、質素な寝室だった。

 部屋から出て廊下を歩いていると、先程出会った老婆に出くわす。

 老婆は宗重の威圧感に臆することなく、ニコニコと微笑みを浮かべていた。


「あら。元気になりました?」


 ここは老夫婦の自宅だったのである。

 宗重は老婆の微笑みに、冷たい態度で返事をする。

 

「それなりに。では、俺はこれで」

「待ってください!」


 帰ろうとした宗重を、老婆は引き留めた。

 振り返って睨み付ける宗重だったが、老婆は変わらぬ微笑みを見せている。


「良ければご一緒に、ご飯を食べませんか?」

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