第35話 骸に噛み付く威太刀鮫
風歌の大胆な登場に、交差点を囲っていた警察隊が一斉に銃を向ける。
風歌は既に刀を抜いており、闘争心が全身から溢れ出していた。
屋上からその様子を見ていた健太郎が、小さく笑う。
「本当に来るとはな。感心するぜ」
交差点を囲む警察隊の輪から、さっそく神楽が歩み出していた。
その手には、刃先が波打つようにジグザグと曲がっている矛……
神楽に続いて宗重と韓陽も動き出した、その時だった。
「ッ!?」
砲撃によって吹き飛ばされ、風歌の近くまで転がっていた武装警察官がいきなり立ち上がって走り出す。
装備していた刀を抜き、風歌へ背後から襲い掛かった。
尋常じゃない速度での不意打ちに風歌は対処ができず、刀を受け止めた際にバランスを崩してしまう。
そこを狙ったもう一撃によって、握っていた椿骸が風歌の手から離れて地面に転がってしまった。
「なっ……」
風歌が拾うよりも先に武装警察官が彼女を蹴飛ばし、その隙に椿骸を拾う。
警察官はそのまま、その場から逃げるように走り出した。
行く先に居た警察隊へ合流するのかと思った、その時。
警察官が腕を持ち上げると、武装が弾けるように飛散する。
持ち上げた腕に仕込まれていた筒から、ガスの音を立ててワイヤーが射出された。
放たれた先は、ビルの壁面である。
「!?」
その場にいた全員が意表を突かれる中、ビルの壁面に突き刺さったワイヤーがピンと引っ張られた。
武装警察官に扮していた人物はそのワイヤーに引っ張られ、大きく宙を舞い壁面に着地する。
ビルの壁面を駆けながら反対側の腕でワイヤーを地面へ射出し、受け身を取って安全に着地した。
飛び越えた警察隊を背に、その人物は現場から逃走を始める。
「追え!!!」
警察隊、黒鷲一派、灯治衆。
全員が一斉に、叫んだ。
椿骸が風歌の手を離れ、謎の人物に奪われたのである。
闇に潜む忍とはいえ、こうなればなりふり構っていられない。
逃走する人物を追うべく動き出した忍達と警察隊とが、衝突を引き起こした。
「『辻斬り太刀花』は……」
「いなくなっている」
風歌のいる方へ振り返った神楽と韓陽だったが、彼女の姿はない。
『椿骸を奪われた』という衝撃の事実に一瞬だけ意識が向いたその隙に、彼女はその場から脱出したのだ。
「まさか!」
「言いたいことは分かった。だが、あれを放っておけばとんでもないことになるだろう」
何かに気付いた神楽だったが、宗重がそれを止めて指をさす。
彼の指の先には、椿骸を奪った人物を追う警察隊と忍達とで争っている光景があった。
道路を埋め尽くし、所狭しと殺し合いを始めている。
「とにかく、あれを止めよう」
「……クソッ!!」
神楽は舌打ちをしながら武器を取り直し、争う警察隊と忍達の元へ向かった。
椿骸を奪った人物はビルの間をすり抜けて、反対側の道路に用意してあったスポーツカーに飛び込む。
エンジンをかけてアクセルを踏み、車を急発進させる。
「ふぅ」
被っていた覆面を取ったその人物は、沙也だった。
椿骸を奪って逃げるまで、全てが演技だったのである。
バックミラーを見ると、車で追いかけてくる忍や警察の姿が見えた。
「用意周到だね。あとはこいつらを、どう撒いてやるか……」
シフトレバーを動かしてカーブを曲がりながら、沙也は次なる作戦を実行することにした。
「わふっ」
一方その頃、風歌は地下に落ちていた。
椿骸を奪った沙也へ全員の意識が向いた隙に、足元にあったマンホールを開けて飛び込んだのである。
取り付けられてある
「いたた……」
着物越しに背中を擦りながら、上半身を起き上がらせる。
地面に座ったまま少しぼんやりしていた風歌だったが、僅かに鳴った金属の音に振り返った。
「ここに待機しておいて正解だった」
硬いブーツの音を響かせながら、一人の男が現れる。
カーキ色のコートを揺らし、黒いボーラーハットを被った剣士。
『
「あー、見たことあるね。どこで会ったっけ?」
風歌は十兵衛を指さしながら、自身の掠れた記憶を掘り起こそうとする。
少し考えるような仕草を見せた風歌だったが、結局思い出すことはできなかった。
「まあいいや。敵だったのは覚えてるから」
諦めた風歌は刀を抜き、構えを取る。
自身の愛刀……
十兵衛も静かに構えを取り、両者睨み合う形となった。
「はぁッ!」
動いたのは十兵衛から。
彼が踏み込んで放った一刀を、風歌は横に逸れることで回避する。
風歌の刀を2度弾いた十兵衛が、切り返しの横薙ぎを放った。
側宙で避けた風歌が空中で刀を操り、繰り出された十兵衛の蹴りを受け止める。
少し離れて着地した後、スニーカーを強く踏んで突進した。
鋼の打ち合う音が、薄暗い地下の通路に響く。
風歌に刀を弾かれた十兵衛は、顔面に鋭い蹴りを受けてしまった。
「ぐッ……」
脚を引いてバランスを取り、続けて放たれた刀をしっかりと受け止める。
牽制として前蹴りを繰り出し、刀を弾いて距離を取った。
両者、睨み合う。
「なかなかやる。『六牙将』と犯罪者以外でそこまでやれんのは、初めてかもな」
「鍛えたからな。お前を倒すために」
「そいつぁご苦労なことで。無駄だったな」
風歌はそうセリフを返すと、再び足を踏み込んだ。
下から斬り上げを放ち、防いだ十兵衛の顎に蹴りを繰り出す。
スウェーで何とか回避した十兵衛だったが、そのまま半回転した風歌の横薙ぎが襲い掛かった。
「ちいッ!」
脚を引いて何とか受け止めることに成功するも、僅かに体幹が揺らいでしまう。
その隙を突いて放たれた風歌の袈裟斬りを、まともに食らってしまった。
肩から腰にかけて斜め一筋に、割れるような傷口が出現する。
「がああッ……!!」
傷口から体中の血液が、一気に外へ吐き出された。
意識が持っていかれる。
片膝をついて崩れ落ちた十兵衛だったが、闘志は無くなっていなかった。
「はあッ!!」
風歌の刀を弾いた十兵衛は、片膝を地面についたまま反撃の一撃を繰り出す。
しかしその攻撃は、あっさりと避けられてしまった。
「いいね。首は置いておくことにしたよ」
必死の振る舞いを見た風歌は、ニコリと微笑んでそう告げる。
次の瞬間、十兵衛の肩に一閃が放たれた。
肩から血が弾け、十兵衛はゆっくりと地面へ倒れていく。
「失血死させてあげるね」
袖で血を拭いながらそう告げると、風歌は通路を通って去ってしまった。
血がとめどなく流れ、意識が朦朧とする中。
十兵衛の耳には、足音だけが聞こえていた。
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