第34話 夜風に吹かれて火が昇る
『辻斬り太刀花』と『夜叉猫』が『轢き黒蛇』を倒したという出来事が広まり始めてから、数日の時が経っていた。
時刻は夜。輝く夜景を作り上げている、高層ビルが建ち並ぶ街道で。
大きな交差点を取り囲むように、波のような数の武装警察隊が立っていた。
そしてそんな警察隊達を、ビルの屋上から眺めている影の軍勢がいる。
「あれだけ警察が来てるってことは、あの情報は本物だったってことか」
呟いたのは黒い忍装束にサングラスをかけている男、健太郎。
そう。ビルの屋上には、黒鷲一派の忍達がずらりと並んでいたのだ。
夜風に吹かれ、闇の中で忍装束が踊っている。
彼らだけじゃない。
健太郎が顔を上げると、広い道路を挟んだ先に並ぶビルの屋上で、闇の中に僅かな
紫色の忍装束を纏う集団、灯治衆である。
「『六牙将』も勢揃い、他にも名のある者が多数いる。こいつは、凄い事になりそうだ」
大柄な忍が、健太郎の隣に立ってそう呟いた。
彼が見下ろす視線の先に、警察機関の精鋭達が集められている。
「『辻斬り太刀花』は本当に来るのか?」
まだ何もない交差点を睨みながら、六牙将の一人……『仕置き烏』こと、
隣で立っていた、全身を深緑色の甲冑で覆った男……『刀皇』
「私の予想ではあるが、来ると思う。『辻斬り太刀花』は、安い嘘をつくような人間じゃない」
「椿骸を奪われた戦犯が、偉そうに語ってるな」
韓陽の言葉に嫌味を放ったのは、『
彼女の赤いポニーテールが、夜風に揺れている。
「『辻斬り太刀花』はオレが殺す。元犯罪者と、戦犯は信用ならねぇからな」
神楽の苛立ちから放たれる暴言を、宗重は聞き捨てることができなかった。
「気持ちは分かるが、協力すべきだろう。それに俺は……」
「分かるわけないだろ! オレの気持ちなんか!!」
宗重の言葉をかき消すように、神楽が感情に任せて叫ぶ。
振り返った彼女の顔は、憎悪と怒りに満ちていた。
「お前らなんかに分かるわけがねえよ! この怒りも、憎しみも!! ……重松は小さな時からの付き合いだった。それが殺された時の気持ちが、お前らに分かるわけがねえ!!」
『薙ぎ赤鬼』こと
性格は違えど良き友人として、苦楽を共にしていた。
そんな親友が、殺されたのである。
「悪かった。だが俺も、友人だった秀頼さんを殺されたんだ。『辻斬り太刀花』を憎む気持ちは同じだ」
そう口にする宗重の言葉に続いて、韓陽が一つ呟いた。
「一体、彼女は何を企んでいるんだろうか……?」
時は数日前に遡る。
『轢き黒蛇』
それは一通の手紙と、仁玄の生首。
生首という、手紙の送り主が風歌である確実な証拠を添えて、風歌は警察に予告状を送ったのである。
『1週間後の21時。ハンバーガー店の向かいに、コンビニと喫茶店のある交差点へ『辻斬り太刀花』参上する」
書かれてあった文言を頼りに、警察は該当する交差点を調べ上げた。
そして一つ該当する交差点を発見し、それが忍達の耳にも入る。
1週間が経ち、ここに一同が集まったという事だ。
『辻斬り太刀花』というよりも、彼女が持つ椿骸を狙って。
「椿骸は大業物の中でも最強格だと言われている代物だ。現状まともに扱えるのは私と彼女だけだが、誰が握っても危険な事態を引き起こす」
「あの刀の持つ妖気に、取り込まれちまうんだっけか?」
韓陽の言葉へ茶化すような一言を入れた神楽だったが、韓陽に冗談を言っている様子はない。
静かに頷いた彼が、『六牙将』の2人さえ知らない出来事を語った。
「椿骸を触ってしまった者が精神異常を引き起こし、暴走した事例がある。剣など振ったこともなかった職員だったにも関わらず、椿骸を握った彼はB級犯罪者にも匹敵する剣術を繰り出していた。そして数分で
全くの素人でもそこまでの力が引き出されてしまうのだ。
すぐに気絶したとはいえ、これがある程度耐えることのできる、実力者だったなら。
恐ろしい事態を招くのは、想像に
「精神異常を起こして、数分で意識が……?」
「私も信じられなかったが、この目で見たのだから認めざるを得ない」
突然語られたありえない出来事に、神楽が絶句する。
「いろいろと噂のある代物だ。あらゆる犯罪者集団が、椿骸を狙っている」
『辻斬り太刀花』は気まぐれな性格だ。
一定の時間に決められた場所へ出現を予告するなど、前代未聞である。
だからこそ警察、黒鷲一派、灯治衆あらゆる組織がここに集結しているのだ。
宗重が腕時計を見ると、針は20時57分を示している。
「もうすぐで、21時になるな」
彼の呟きを最後に、夜の街は静まり返った。
まるで時が止まったかのように、闇夜へ溶けていくかのように。
長針が0分を指し示した、その時だった。
「!」
『六牙将』達が立っている場所の反対側から、風を切る音が近付いていることに気付く。
警察隊がそれに気付いて振り返り始めたその時。
道路が爆発し、コンクリートが吹っ飛んだ。
一つ遅れて、装甲車の残骸が宙に舞って飛び込んでくる。
警察隊は残骸に巻き込まれ、一気にパニック状態へと陥ってしまった。
再び道路が爆発を起こし、また新たな残骸が警察隊を襲う。
そして、そんな警察隊を蹴散らして一台の車が突っ込んできた。
「なんだ、ありゃあ……?」
こちらに向かって真っすぐ突っ込んできている車の奇妙な姿に、宗重は片眉を持ち上げる。
その車は、道路をよく走っている自動車とそう変わらない。
だがその天井に、小型の大砲が装備されていたのだ。
ガトリングバギーの上に、ガトリング砲が装備されているかのように。
警察隊を蹴散らしながら、突っ込んできた車はその砲塔を『六牙将』へ向ける。
だがそれよりも早く、神楽が動いた。
「ふんッッ!!」
槍投げのように大きく肩を開いて構えた後、神楽は握っていた矛を車に向かってぶん投げる。
一直線に飛んだ矛は車のフロントガラスに突き刺さり、刺さった衝撃で大きく減速した。
勢いの弱まった車は、『六牙将』の目の前まで迫ったところで停止する。
だが、運転手はいなかった。
既に降りていたからである。
「おうおう、
交差点のど真ん中。
神楽の矛が突き刺さる直前に車から飛び降りていた風歌が、臆することなく堂々と立っていた。
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