花武器厄者 大太刀回り

第33話 不可避の刃と必至の剣

「らァッ！！」

　先程受けた傷など無かったかのような軽やかさで飛び出した沙也は、空中で翻りつつ仁玄に連撃を放つ。

　その速度は、先程までの動きとは段違いのものだった。

　嵐のような連撃の圧力に押されながらも、仁玄は口の端を持ち上げている。

「いいね、いいね、いいねぇ！！　そうこなくっちゃあ！！」

　豹変した沙也の強さに興奮し、仁玄の手も速度を上げ始めた。

　両者、一進一退の攻防を繰り広げる。

　沙也の突きを回避した仁玄が、沙也の顔面に蹴りを放ったその時だった。

「！」

　横方向へ沙也を吹き飛ばした仁玄は、自身の体に異変を感じ取る。

　視線を落とすと、脇腹に鉤爪を引っかけられた痕（あと）が残っていた。

　一泊遅れて、思い出したかのように血液が溢れ出る。

　沙也は受けた傷を実感する暇など与えない。

　すぐさま戻ってきた彼女が、既に鉤爪を振り上げていた。

「ちいッ！」

　仁玄は一撃目を弾き、続けて放たれたもう一撃をスウェーによって回避する。

　その際、ほんの数ミリだけ鉤爪が仁玄の頬を掠めた。

　ジッパーの開いた袋のように、掠めた皮がパクリと開く。

　覚醒した沙也の身体能力は、明らかに仁玄を上回っていた。

　だが、しかし。

　鈍い鋼の音が鳴り、仁玄の刀が沙也の鉤爪を受け止める。

　カウンターの蹴りを回避した沙也がさらに攻撃を仕掛けるも、的確な刀捌きによって全て弾かれてしまった。

　そして、沙也の脛（すね）に刀が貫かれる。

「はぁ、はぁ……そろそろ見えてきたぜ、『癖』がよぉ！！」

　そう。いよいよ仁玄が、覚醒した沙也の持つ『癖』を見抜いたのだ。

　拮抗していた状況が、一気に仁玄へ傾き始める。

　一つ、また一つと、仁玄は着実に沙也へ攻撃を喰らわせていく。

「オラァッ！」

　鋼の震える音を響かせて、仁玄は沙也の鉤爪を強く弾いた。

　傷の蓄積に加えて重い一撃で弾かれた事により、沙也は大きくバランスを崩してしまう。

　無防備になった胴体へとどめを刺すべく、仁玄が刀を構えたその時だった。

「！」

　強烈な殺気に気付いた仁玄が即座に振り返り、迫っていた風歌の刀を受け止める。

　沙也は中毒の効果が切れ、すっかり弱っていた。

「今更出てくんのかよ、『辻斬り太刀花』。『夜叉猫』に結構やられたとはいえ、癖を把握し切ったお前に負ける気はしないねぇ！」

　風歌は既に仁玄と斬り合い、彼に癖を把握されている。

　実際風歌の放つ刀は、仁玄によって一つ一つ的確に弾かれてしまっていた。

　だが、しかし。

　風歌の攻撃を全て捌き切った仁玄が、彼女の見せた隙を狙おうとしたその時。

　仁玄の左太腿部に切れ込みが走り、爆ぜるように血が噴き出した。

「――――――ッッッ！？」

　突如として噴き出した血に動揺した所へ、反転した風歌が縦一文字の斬撃を放つ。

　何とか受け止めて反撃に転じた仁玄だったが、風歌は彼の攻撃を軽々と捌いていた。

　そしてまた、仁玄の肩部分から出血。

「癖を把握し切ったお前に……何だって？」

　鍔迫り合いに持ち込んだ風歌には、もう勝利を確信するかのような表情が浮かべられている。

「私はずっと見てたんだ。『夜叉猫』と『轢き黒蛇』とが食い合ってる様を！　その意味が分かるか？」

　目の奥を覗き込むかのような圧のある視線を向けられ、仁玄はその言葉の意味に気が付いた。

「まさか、俺の『癖』を……！！」

「当たり」

　仁玄の言葉に短く返した風歌は刀を弾くと、再度踏み込んで袈裟斬りを放つ。

　受け止めた仁玄だったが、風歌はその手を踏み台に跳んで一回転した。

　仁玄の肩を斬り、傷口から広角シャワーのような勢いで血が噴き出る。

「癖を直すなんてすぐにはできねぇからよ。お前の癖を見る事にしたんだ」

「なるほどねぇ……はっはっはっはっは！！」

　降り立った風歌の言葉を聞いた仁玄は、唐突に笑い始めた。

　傷だらけになっても大笑いを見せるその姿は、非常に不気味である。

「立場は対等、ってことか。面白れぇ！　どっちが先に相手を殺し切れるか、勝負だねぇ！」

「ああ。殺し合おうじゃねえか」

　仁玄の言葉にそう返した風歌は、刀を握り直して構えを取る。

　仁玄も同じく刀を握り直し、２人は足を踏み出して刀を振るった。

　お互いがお互いの弱点を知っている状態での、まさに斬り合い。

　ボクサーが防御を捨てて殴り合うかのような、殺意の押し付け合いが始まった。

　血が飛び、切断された手足の神経が脳に向かって次々と痛覚を送り込んでいく。

　だがそんなやり取りは、そう長くは続かなかった。

　風歌の刀を弾いた仁玄が、強く踏みこんで刀を振り放つ。

「…………ッッ！！！」

　ほんの僅かな癖を見抜いた仁玄によって、彼の刀は風歌の腹部を裂いた。

　朱色の鮮血が勢いよく吐き出され、彼女が着ている橙色の着物を朱（あか）く染め上げる。

　一撃が見事に決まったことで、仁玄は勝利を確信する笑みを浮かべた。

　だが同時に、風歌も同（・）じ（・）笑（・）み（・）を見せていることに気が付く。

「……ありがとう」

　風歌の小さな呟きを聞いた仁玄は、ようやく自身の状況に気付いてしまった。

　仁玄の首に、椿骸の刃が中ほどまで食い込んでいたのである。

　仁玄が風歌を斬る際に見せた、あまりにも小さな隙を風歌は狙っていたのだ。

　その一瞬を狙って放たれた突きは、血すら出ないほどブレのない切れ込みを作り出している。

「戦い方、学ばせてもらったぜ」

　出血によって激しく脈が乱れる中、風歌は鋭い笑みを作ってそう告げた。

　自身の死が確定したにも関わらず、仁玄の顔は満足を表している。

　彼は風歌の言葉に笑みを返し、最後の言葉を口にした。

「『辻斬り太刀花』に殺されるなら、本望だねぇ……」

　風歌は刀を引き切り、仁玄の首を落とす。

　頭の無くなった死体は、力を失って静かに倒れた。

　一呼吸置いて、疲労と痛みを自覚し始めた風歌はその場に崩れ落ちる。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

　脈動に合わせて腹から漏れる自身の血液を、風歌はぼんやりと眺めていた。

　そこに、痛みが引いて動けるようになった沙也が現れる。

「ねえ、風歌ちゃん」

　声に気付いて顔を上げた風歌へ、沙也は一つの提案をした。

「忍者達を潰しに行こっか」

　風歌と沙也の命を狙うようになった、黒鷲一派と灯治衆という２大勢力の忍達。

　その２つを同時に潰す策を、沙也は持っているのである。