第32話 蛇に仕えし薔薇の棘

 天井を突き破って降りてきた刀を間一髪で避け、沙也はブレーキを踏んで車を停止させる。

 沙也と風歌が勢いよく外へ飛び出すと、2人の前に立ち塞がる形で仁玄が降り立った。


 その手には、黒い刀身をした禍々しい太刀が握られている。


「おっほ、本物だ。探したかいがあったねぇ」

「今回はどっから仕入れた情報なの?」


 沙也の質問に、仁玄は両手を頭の後ろに回して答えた。

 

「誰かは知らんが、忍者が広めてるぜ。俺は興味が無かったから聞いてなかったけど、懸賞金もかけてるみたいだ」

「手が早いわね……」

 

 仁玄の言う忍者とは、恐らく黒鷲一派の事だろう。

 彼らは既に沙也の裏切りを、察知していたのだ。

 だが仁玄は、2人にいくらの懸賞金が掛かっているかなどさして興味が無い。

 ただ『辻斬り太刀花』と『夜叉猫』が一緒に行動している、という事実だけが、彼を動かしたのである。


「強い奴がいなくて寂しかったんだ。危険度『A』の犯罪者が2人一緒に動いていると聞けば、ワクワクするに決まってんだろぉ?」

「相変わらずの変態ね。『六牙将』に何度も挑んで、一度も勝った事ないのに」


 仁玄は戦うことそのものを生きがいとし、常に強い者と戦うスリルを求めるバトルジャンキーだ。

 その熱量は、椿骸を持つ風歌でさえ拮抗する『六牙将』にもたびたび戦闘を仕掛けているほど。


「殺しちまうと面白くないからねぇ。けど最近、『薙ぎ赤鬼』『千変武龍』と立て続けに『六牙将』が殺された。昨日なんか『囲炉裏天狗』も殺されたって話じゃねえか」


 街の秩序を守っていた『六牙将』のうち半分が、同じ人物によって殺されたと聞いた彼は大喜びだった。

 短期間で連続して『六牙将』を殺した者が現れたのだから。


「じゃ、目的は風歌ちゃん?」

「おいおい、冗談言うんじゃねぇ。『2人でかかってきて欲しいから』今狙ったんじゃねえか」

「あっそ。じゃ、遠慮なく」


 仁玄の喋りに飽きてきた風歌が食い気味にそう言葉を挟むと、刀を抜いていきなり突っ込んだ。

 刀を構えた仁玄が数度の連撃を全て弾くと、返しの一刀で風歌の太腿を斬る。

 綺麗な音を立てて一直線に入った筋から、血液が勢いよく飛び出した。

 

「ッ!!」

「ラッキー。先制点は、俺のものだねぇ」


 一瞬よろめいた風歌へ、仁玄は縦一文字の刀を放つ。

 だが甲高い音が弾け、仁玄の刀は風歌の手前で受け止められた。

 横から現れた沙也が持つ、鈍い鋼色の鉤爪かぎづめによって。


「2対1だけど、死んでも閻魔にゴネないでね」

生憎あいにくと、俺は地獄から出入り禁止にされていてねぇ。強すぎて、鬼どもを皆殺しにしてしまうから」


 仁玄は沙也の鉤爪を弾いた後、放たれた突きをスウェーで回避しつつ前蹴りを放つ。

 すぐさま視線を横に移動させ、襲ってきた風歌の刀を受け止めた。

 鋼の震える音が、両者の力強さを表している。


「椿骸に張り合うたぁ、この黒いのも大業物か」

「トーゼン」


 短く言葉を交わした2人はお互いの刀を弾き、睨み合った。

 仁玄が自身の黒い刀を指で撫でながら、風歌に紹介する。


「大業物『月季翁げっきおう』。月季は薔薇バラを意味する言葉で、黒薔薇の花言葉は『恨み』や『憎しみ』だ。斬られた奴らが、こいつに嫉妬しちゃうのさ」


 そう言って気味の悪い笑みを浮かべた仁玄は、大きく屈むことで背後から襲ってきた沙也の鉤爪を回避した。

 ひるがえりながら刀を振るい、続いて放たれた沙也の攻撃を弾く。

 同時に振り上げた足で風歌の手首を弾いた後、半回転して横一文字の斬撃を放った。


「くッ!」


 響く鋼の音と共に、風歌は寸でのところで刀を受け止める。

 踏み込みつつ切り返したが、仁玄は瞬間移動でもしたかのような速さで回避した。

 途端に風歌の右上腕に鋭い痛みが走り、小さな切り傷が刻まれる。

 

 風歌の反撃を回避した仁玄は沙也と数合打ち合ったのち、バランスを崩した沙也へ蹴りを放つことで吹き飛ばした。

 少しずつだが、2人は確実に消耗させられている。


 強い。


 『六牙将』をあえて殺さなかったと言っていたのは、ハッタリではなかったと断言できるほどに。

 風歌と沙也による挟み撃ちを、的確に捌きながら反撃しているのだ。


「そぉい!」


 仁玄が風歌の刀を蹴り飛ばしつつ、反対側にいた沙也を斬る。

 胸から腹部にかけて斜めに刃が入り、沙也は大きく出血した。


「ぐうッ……!」


 大きくバランスを崩したところへ斬撃を放った仁玄だったが、飛び込んできた風歌によって妨害されてしまう。

 風歌は仁玄の刀を弾くと同時に跳び、空中で回りながら2度の蹴りを放った。

 蹴りによって距離を離された仁玄が、消耗し切っている2人へ得意げに語る。


「どれだけ強い奴だろうと、『癖』ってもんが必ずある。それを見極めりゃあ『辻斬り太刀花』だろうと『夜叉猫』だろうと、大したことはないねぇ」


 仁玄はこの短い間に、2人の癖を見抜いていたのだ。

 そして癖というものは、時間をかければかけるほど気付かれるもの。

 風歌に初撃を与えられるほどの地力があるにも関わらず、彼はさらに有利になっていくということだ。


「だったら……その癖を知られるより先に、仕留めればいいのね」


 胸から溢れる血を押さえながら、沙也がそう言ってゆっくりと立ち上がる。

 その手には、手のひらサイズよりもさらに一回り小さな小袋が握られていた。

 それを見た仁玄が、嬉しそうな笑みを見せる。


「まさかそれ、噂の『切り札』ってやつか?」

「ええ、そのまさかよ。そして……私が『夜叉猫』と呼ばれている理由でもある」


 仁玄の質問に言葉を返した沙也は、小袋を思い切り開けた。

 出てきた内容物を顔に近付けた途端、沙也の様子が変化する。

 

「体に負担がかかるから、あんまり使いたくないけど……」


 沙也の呼吸が荒くなっている。

 彼女の体全体が、大きく脈を打っている。

 その白い腕にはびっしりと血管が浮き始め、バキバキと関節の潰れる音が鳴っている。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 彼女が吸い込んだ小袋の内容物は木天蓼もくてんりょうという植物だ。

 別名……


 マタタビ中毒者である沙也は、その匂いを嗅ぐと獣の如く体が異常に反応してしまうのである。

 それこそが、『夜叉猫』と呼ばれる所以ゆえんなのだ。

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