第31話 爆炎吹かせて透破抜き

 紗也の目的はこうだ。

 風歌の椿骸は紗也が言った通り、大業物の中でもひときわ価値のある刀。

 黒鷲一派や灯治衆以外にも、欲しがる者は多い。


「そんな奴らに椿骸をチラつかせれば、大金を積んで手に入れようとしてくる。そこを……」


 紗也は最後の言葉をあえてにごし、代わりにはさみに見立てた指で首を切る仕草を見せた。

 つまり、『騙して殺す』という事である。


「椿骸を買いたがるのは大体武器商人、忍者どもに武器を流してる奴もいるわ。そいつらを叩けば、黒鷲一派も灯治衆も武器の供給が減って弱体化する。風歌ちゃんにもお得な事だと思うわよ?」


 紗也は金儲けができて、風歌は自らの命を狙う忍者達を弱らせることができる。

 平穏な生活を送りたい風歌にとって、悪い話ではないだろう。


「乗った。ただし、騙したら殺すからね」

「あっははは……とりあえず、その傷を何とかしないとね」


 紗也の提案に乗る事にした風歌だったが、紗也の言う通り、風歌は度重なる戦闘でかなりの傷を追っていた。


「行こ。知り合いに、腕のいい医者がいるから」


 紗也はそう言って風歌の手を引き、裏口に止めてあった黒のスポーツカーに搭乗する。

 シフトレバーを引いてアクセルを踏み、爆発的なスピードで道路へ飛び出した。




 道路を走ること十数分。きらめく表通りに潜む、薄暗い裏通りの脇で車を停止させる。

 裏通りの一角にある、崩れかけたコンクリートの建物に紗也の知り合いはいた。

 闇医者を営んでいる女が、沙也と共に入ってきた風歌を見て目を丸くする。

 

「げ、『辻斬り太刀花』じゃない」

「大丈夫、殺したりはしないわ。……多分」


 沙也の曖昧な説得に応じ、闇医者は風歌の傷付いた体を的確に治療していく。

 ゴーグルを着けた怪しい雰囲気の女だったが、行う治療は至ってマトモだった。


「どう?」


 治療を開始して半時間ほど経ち、治療を終えた闇医者が風歌に体調を尋ねる。


「うん。いい感じ」


 肩の傷は綺麗に塞がり、痛みも出血もすっかり消え失せていた。

 肩を回しても痛まなくなった事に、風歌は満足げな笑みを見せる。

 

 風歌の治療を待っている間に何かのリストを見ていた紗也は、治療が終わった風歌に布のようなものを放り渡した。

 風歌が受け取ったものは、橙色の着物。

 紗也が事前に、風歌のため調達していたのである。

 着物を広げて全体を見た風歌は、子供のように目を輝かせていた。


「おおー!」

「気に入ってくれた? じゃ、それ着て行こっか」


 すぐさま着物に着替えた風歌と紗也の2人は、最初の武器商人の元へ向かうべく建物を出た。




 小太りな武器商人が金庫の鍵を開けたと同時に、その丸い後頭部へ銃が突き付けられる。

 武器商人としての本能が、彼の両手を無意識に持ち上げさせた。


「何をしている」

「分からない? あなたを殺して、お金を貰っていくの」


 武器商人の質問にそう答えた沙也の瞳は、肉食獣のように尖っている。


「俺を殺せば、しのびが黙ってないぞ」

「問題ないわ。しのびも根こそぎ殺すつもりだから」


 後ろ盾である忍達の存在をほのめかしても、沙也は一つも動揺を見せなかった。

 彼女は本気である。


 その時、部屋を揺らすほどのアラーム音が鳴り響いた。

 赤い非常灯が点灯し、警告音が沙也を威圧する。

 見ると、武器商人の手のひらには小さなボタンが握られていた。


「へへっ、この建物内にいる全ての警備員……総勢40人の武装した連中がここに駆け付けてくる。死にたくなけりゃ、今すぐ武器を捨てて降参しな」


 武器商人は立場が逆転したことで、今度は沙也を脅し始める。

 

 だが、いつまで経っても警備員の足音は聞こえてこない。

 延々と鳴り響くアラームが、虚しさを帯びてきた頃。


 2人のいた部屋に、のんびりした動作で風歌が入ってきた。

 その手に握る剥き出しの刀には、べっとりと鮮血がこびりついている。


「つ……『辻斬り太刀花』……?」

「『辻斬り太刀花を殺害して椿骸を奪った』ってのはウソよ。ごめんね?」


 突然現れた椿骸の持ち主を前に、武器商人は目を丸くして腰を抜かした。

 沙也が持っていた椿骸を投げ渡し、風歌は片手でそれを受け取る。

 沙也が取引をしている間に、片っ端から警備員を殺害して回っていたのだ。


 絶望の表情を見せた武器商人の頭を、沙也の拳銃が無慈悲に撃ち抜く。

 一直線に開いた穴から、爆ぜるように血が飛び出した。


「さて、と」


 武器商人が開けた金庫を漁り、出てきた大量の札束に沙也は喜びを見せる。

 先程まで警備員たちを斬っていた刀を雑に捨て、風歌は部屋内に飾られてある武器たちを物色し始めた。

 ある武器に目が留まり、玩具オモチャを見つけた子供のように目を輝かせる。

 

「おおっ、次はこれを使おうかな」


 


 金品を粗方あらかた回収した2人は、次の武器商人の元へ。

 同じ手口で椿骸を見せた沙也が、倉庫の鍵を取り出した武器商人に銃を押し付ける。

 ちょうど同じタイミングで、風歌は武器商人の手下達が集まる詰所に訪れていた。

 

 その手には、擲弾発射器グレネード・ランチャーが握られている。


「おらぁーーーッ!!!」


 詰所の者達が気付いた時には、既にトリガーが引き切られていた。


 小麦粉の入った袋を叩くような間の抜けた音と共に、銃口から40ミリメートルのグレネード弾が発射される。

 ガラス張りの窓を突き破ったグレネード弾が、振動と炎を撒き散らして詰所を吹き飛ばした。

 3つ、4つと次々に放たれるグレネード弾によって、詰所は跡形もなく爆破されてしまう。


 別の場所にいた手下達がライフル銃で風歌を狙うも、風歌は蝶のように軽やかな動きで弾丸を避けていく。

 仕返しに放ったグレネード弾によって、その者達も爆破されてしまった。


「反撃してくる奴がいないってことは、これで全員かな」

 

 風歌はそう呟いて擲弾発射器グレネード・ランチャーを投げ捨てようとするも、その手を止めてもう一回だけトリガーを引く。

 グレネード弾が発射され、爆発。

 瞬間的な爆風に短いポニーテールが揺れるのを感じながら、その爽快さに満足した風歌は今度こそ擲弾発射器グレネード・ランチャーを捨てた。


「武器を売る奴なんて、いない方が平和だもんね」


 そう呟いた所へ丁度、金品を回収した沙也が風歌を迎えに来る。

 そうして2人は、また新たな武器商人の元へ向かうのであった。




 計6件の武器商人を襲い、かなりの金が沙也の元へ集まってきた頃。

 車を走らせていた沙也が、バックミラーを見てニヤリと笑みを浮かべる。


「へえ、来るんだ」


 沙也が見ていたのは、このスポーツカーの後ろを走る赤い車。

 彼女はあえて不自然な道を走っていたのだが、この車はずっとそれに付いてきているのだ。


「風歌ちゃん、ちょっと揺れるけどいい?」

「だめ」

「そっかぁ」


 荒っぽい方法で対抗しようと思ったのだが、風歌からの許可は得られず。

 仕方なく揺らさない方法を取ろうとしたその時、上に何かの落ちる音が鳴った。

 車内の2人は顔を見合わせる。

 振り返ると、後続車はもういなかった。


「『辻斬り太刀花』に『夜叉猫』かぁ。大物が揃ってるねぇ」


 スポーツカーの上に乗った、一人の男が呟く。

 オールバックの髪と、血走りそうなくらい大きな三白眼が特徴的な男だった。


「まとめて殺しちゃっても、いいのかねぇ」


 彼の名は柿道かきどう 仁玄じんげん

黒蛇こくじゃ』の異名を持つ……。


 危険度『A』の、超凶悪犯罪者である。

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