第30話 刺し傷一丁、熊鷹の浦

「おお、らァッ!!」


 ゆったりとした動作から放たれた、風歌による叩きつけるような一撃。

 受け止めた秀頼の薙刀は重い玉鋼の音を響かせ、弾かれてしまった。

 持ち上げようとした秀頼の腕を足で止めると、風歌は刀を切り返してもう一撃を放つ。


「くッ!」


 上半身を反らせて回避した秀頼は、薙刀を振り上げて逆袈裟斬りで反撃した。

 一歩下がりながら弾いた風歌に、秀頼は続けて連撃を繰り出す。


 金属の弾け合う音が、朝の道路に何度も響いた。

 通行人ギャラリーはいない。巻き込まぬよう、事前に秀頼が手配していたから。

 秀頼の攻撃を何度も弾く風歌は、武器同士がぶつかり合うたびに痛みを訴える左肩へ苛立ちを覚えていた。

 一瞬その痛みに気を取られた隙を狙って、風歌の刀を弾き上げた秀頼が前蹴りを喰らわせる。


「ぐ……!」


 重い蹴りが腹部に突き刺さり、風歌は内臓が潰れたかと錯覚するほどの痛みを伴って吹き飛んでいった。

 強い。

 齢70を越える老兵にも関わらず、ここまでやれるのか。

 立ち上がった風歌は刀を握り直し、秀頼に向かって突進する。


 秀頼の放つ薙刀を弾き、返しで放った刀を弾かれる。

 一進一退の攻防が続くが、お互いは徐々に消耗を始めていた。

 蓄積する疲労、そして防ぎきれなかった攻撃による負傷が積み重なり、互いに血を散らしながら。


「おおッ!!」


 踏み込んだ風歌による袈裟斬りを、秀頼は薙刀を回転させることで弾く。

 返しに放った横一文字の一撃を、風歌は低く屈んで回避した。

 そのまま体を前に出し、刀を引いて秀頼に詰め寄る。


「らァッ!!」


 風歌は刀を強く握り、秀頼の胸に向かって突きを放った。

 しかし秀頼は薙刀を操り、既に迎撃へと動いている。


 薙刀と刀とが触れ合う、その時だった。


「…………!」


 自身に向かってくる風歌の顔に、秀頼は僅かに孫の面影を見た。

 風歌と同い年の、愛しき孫の姿を。


 その一瞬。ほんの一瞬だけ手が止まってしまい、風歌の刀を防ぐことができなかった。


「ぬおォッ!!」

 

 手元をすり抜けた刀が秀頼の胸部を貫き、深く突き刺さる。




「………………」


 心臓を一突きされた秀頼は、武器を落として力無くひざまずいた。

 風歌が刀を引き抜くと、胸元から大量の血液が溢れ出している。

 その量は、秀頼がもう助からないことを表していた。


 秀頼が風歌を殺害しようと覚悟していたのは事実である。

 だが、彼の内なる無意識が。

 風歌と自らの孫とを、ほんの一瞬だけ重ねてしまったのだ。


 震える頭を持ち上げ、秀頼は光の失われていく眼で風歌を見る。


「頼む……これ以上、人を……」


 そう口にした秀頼の言葉は、喉に突き刺された椿骸によって遮断されてしまった。

 風歌は無表情で刀を引き抜いた後、勢いよく外に払って刀身に付いている血を飛ばす。

 左の袖で残る血を拭い、静かに鞘へ納めた。


 椿骸を納めたと同時に、溜まっていた疲労と痛みが風歌のバランスを崩しにかかる。

 倒れかけた所で踏みとどまった風歌だったが、矢を受けた左肩からの出血が酷い。

 頭も少しぼんやりしてきた。

 

 とりあえず、ホテルに戻ろうかな……。

 そんな事を考え、重い体を引きってホテルの入り口をくぐったその時。


「お疲れ様」


 エントランスホールの柱に寄りかかっていた人影が、ボロボロの風歌にそう声を掛けた。

 秀頼と戦う前まで、誰一人としてホテルには居なかったのに。

 いつの間に、という感想よりも先に、風歌はそこにいた人物の正体に驚きを見せた。


「久しぶり、風歌ちゃん」


 その人物は艶のある黒いロングヘアーに、蛇のように縦割れした瞳孔。

 現れたのは、風歌と同じA級犯罪者。

 『夜叉猫』こと白木しらき 紗也さやだった。

 

「ッ!」


 思わず刀を構えた風歌だったが、限界まで来ていた体が力を失って倒れる。

 駆け寄ってきた紗也が、そんな風歌を抱き留めた。

 紗也は風歌の耳元で、妹に言い聞かせるかのような優しさで囁く。


「とりあえず、休もっか」





 エントランスホールにある休憩所で座っていると、少しだけ気分がマシになってきた。

 体調を取り戻した風歌が顔を上げると、正面の椅子で紗也が座っている。


「大丈夫よ。私は敵じゃない」


 紗也から敵意は見えない。

 倒れた自身にすぐ危害を加えなかった事も含め、風歌は彼女の言葉を信じる事にした。

 

 だが紗也は風歌と同じく、黒鷲一派と協力関係を結ぶ犯罪者。

 黒鷲一派は朧のように風歌の命を狙うようになったため、紗也も同じく風歌に敵対する人間ではないのか。

 そんな事を考えていた風歌の思考を見透かしたように、沙也が言葉を続けた。


「私は黒鷲一派と協力関係を結んでけど、今は違うわ。私の目的は最初っから、風歌ちゃんだったから」

「私?」


 紗也の言葉に疑問を発しながら、渡された珈琲コーヒーを一口飲んでみる。

 思わず顔をしかめるほど苦く、一緒に渡されていたガムシロップを全部開けて放り込んだ。

 そんな風歌の様子に微笑みを見せながら、紗也は自身の目的を語り始める。


「厳密には、風歌ちゃんの持ってる椿骸が目的だけどね。椿骸は大業物の中でも特別だから」

「これ? あげないよ」

「ううん。欲しいってわけじゃないの」


 椿骸は風歌の相棒とも言える刀だ。何があろうと渡すつもりはないが、どうやら紗也には別の思惑がある様子だ。


「椿骸は『握れば天下を取れる』とまで言われた妖刀。勿論もちろん迷信の類だけど、他の大業物に比べて頭一つ抜けたパワーを秘めているのは風歌ちゃんが証明しているわ」


 それほどの力を持つ刀となれば、欲しがる者は沢山いるだろう。

 特に分かりやすいのは『灯治衆』と『黒鷲一派』の2大勢力だ。


「灯治衆は橘 風歌を殺害することで椿骸を奪おうとし、黒鷲一派は懐柔することで実質的な支配を行おうとしていた。けど風歌ちゃんを制御できないと判断した途端、灯治衆と同じやり方に切り替えたの」

「だから、最初は黒鷲一派に付いてたの?」

「そ。クソ忍者共だけど、情報網だけはとんでもないからね。最短で風歌ちゃんに近付くなら、コイツらかなって」


 案の定、風歌と『薙ぎ赤鬼』重松とが戦っている場面に出くわし、風歌の身柄を確保することができた。

 そして風歌と接触することに成功した紗也が、彼女の愛刀『椿骸』に求める事とは……。


「ちょっとだけ、椿骸を貸してほしいの。お金儲けがしたくてね」


 紗也はそう言って、小さく笑った。

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