第28話 天狗の術は霧の中

 再び、風歌は外へ飛び出して走った。

 隕石の如き勢いで襲い来る秀頼の矢を、次々と回避していく。

 だが、そんな芸当がずっと続けられるわけじゃない。

 一発の矢が、風歌の太腿を掠めた。


ッ……!!」


 負傷してバランスを崩したところへ、もう一発の矢が迫る。

 脚を踏ん張って何とか矢を弾いたが、やはりその威力は凄まじい。

 手の痺れが収まらないうちにもう一発の矢が襲いかかり、弾き切れなかった矢が風歌の茶髪を千切った。

 あと数センチずれていれば、脳天を貫かれていただろう。


「畜生!」


 雨のように次々と飛んでくる矢から逃れるべく、風歌は道路に停められてあったワゴン車の陰に身を隠す。

 ワゴン車の扉に背を預けて一息ついた彼女の真横へ、車体を貫いて矢が現れた。

 秀頼の矢の前には、車などなんの盾にもなりはしないのである。


「ちッ……!」


 続けて矢が車へ突き刺さると同時に走り出す。

 滑り、跳び、時には刀身で流しながら矢を避け、風歌は来た道を戻っていた。

 矢を掠めた左腿が裂け、着物越しに血液が滲み出している。


「はあ、はあ、はあ……」


 からがら、再びホテルへと戻ってくることに成功した。

 焦りと負傷で乱れた呼吸を、深呼吸で整える。

 矢は東西南北様々な場所から飛んできていた。

 だがしかし威力と精度はどれも一緒で、同じ人間による射撃としか思えない。


 そう。

 秀頼は場所を特定されないよう、ホテルの周囲にあるビルを駆け回りながら射撃していたのだ。

 加えて、使用している得物は弓。

 ライフルとは異なり、スコープの反射で見切られることもない。

 まさに『天狗』の名に相応しい、神出鬼没の芸当である。


「これじゃあ、殺しに行こうにも逃げられるのが先だな」


 簡単に車を貫通するほどの矢を一方的に撃ち、常に移動して姿を現さない。

 闇雲に戦っていれば、殺されるだけだ。

 正面かつ、お互いの得物が届く距離での一対一タイマンだったこれまでの『六牙将』とはワケが違う。

 

 だが風歌は、この状況を打破できる可能性がある物を持っていた。


「あのクソ忍者から奪っておいて正解だったな」


 小さく呟き、手のひらを開く。

 手に乗っていたのは、深緑色の小さな筒。

 発煙弾スモークだった。

 

 朧との戦いの後、彼の死体から手に入れていた物である。

 その数は2つ。多くはない。


「とりあえず、別のビルに入ろう。こっちの場所が分からなくなりゃ、向こうも焦るだろうよ」


 風歌は呟きながら、発煙弾のピンを1つ引き抜いた。

 ちらりと入口から顔を覗かせた後、思い切り発煙弾を外へ投げる。


 内部の点火装置が反応する高い音が鳴った後、発煙弾は静かに煙を撒き始めた。

 黒いコンクリートの道路を、真っ白な煙が塗りつぶしていく。

 想像以上の煙がホテル周辺を染め上げていった。

 さすがは『大忍』の持つ発煙弾である。


「よし、これなら……」


 視界は数メートル先も見えないほど悪い。

 これではビルに潜む秀頼が、地上の風歌を捕捉できるわけが無いだろう。

 風歌は入口から足を出し、白い霧のを通って向かい側のビルへ走っていく。


 が、しかし。


「――――――――――ッ!?」


 左肩に、車に轢かれたような鈍痛を感じた。

 急激に脳が回転して時間がゆっくりに感じる中、風歌の目が見たのは肩に突き刺さる矢。

 刺さった部分の周辺にある神経から、じわじわと流れ込んでくる痛みの電気信号パルスが風歌の脳を襲う。


「くうう……ッ!!!」


 割れるほど歯を食いしばって痛みをこらえ、続けて飛んできた矢を転んで回避する。

 なんで分かった? 分からないが、逃げなければ!

 ボダボダと血液を零しながら、風歌は近くにあった軽自動車の車体へ身を隠す。

 だが直後、軽自動車の車体に矢が突き刺さる。


「!」

 

 矢の突き刺さった穴からオイルが漏れていることに気付いた風歌は、急いで立ち上がった。

 しかし、時すでに遅し。


 軽自動車が大きく爆発し、風歌の体は爆風によって吹き飛ばされてしまう。

 宙を飛びながら、どくん、どくんと心臓の鳴る音が、周囲に聞こえているかと思うほど大きくなっていた。

 吹き飛ばされて転んでしまい、周囲に隠れられるものは無い。


 だが秀頼からの攻撃は、一切として無かった。


「……?」


 疑問だったが、チャンスである。

 風歌は転んで捻った足を引きずりながら、再びホテル内へと避難した。


「はあッ、はあッ、はあぐッ……!!」


 一息ついたことで、アドレナリンによって抑えられていた痛みが溢れ出る。

 外は爆発によってかなり煙を吹き飛ばされたものの、まだ見えづらい範囲内だ。

 軽自動車から湧き立つ炎はかなり小さくなったが、秀頼の射撃が行われることはない。

 やはり、見えていたという事か。


 であれば、どうやって?

 風歌は先ほど起きた一連の流れを、脳内で再現した。

 発煙弾を放ち、煙の中を通っていたら肩を撃ち抜かれた。

 近くにあった軽自動車へ隠れた時に車体を撃ち抜かれ、爆発が巻き起こって吹き飛んでしまう。

 そこからは、撃たれる事はなかった。


 秀頼が撃たなくなったのは、爆発の直後から。

 そこでようやく、風歌は秀頼が自身を捕捉した理由に気付いた。


「『熱線可視装置サーモグラフィー』か」


 熱線可視装置サーモグラフィー

 物質から放射されている赤外線を元に、見たものの表面温度を色で可視化することのできる装置である。

 夜や霧などの視界不良の中や光源のない場所でも見ることができるため、軍事分野などをはじめ広く活躍している装置だ。

 秀頼はこれを用いて、煙の中にいる風歌を捕捉したのだろう。

 爆発直後に撃ってこなかったのは、軽自動車から湧き立つ炎に風歌の体温がかき消された故だと推測できる。


「とはいえ……」


 カラクリが分かったものの、風歌の顔は浮かないままだった。

 赤外線でもこちらを見ることのできる狙撃手を、どう搔い潜って接近すれば良いというのだ。

 判明した事実に、風歌は余計に悩んでしまう。


「うう~、考えろ、考えろ私……!」


 ホテルのエレベーターに乗りながら、綺麗な茶髪を雑に搔きむしる。

 赤外線の監視を逃れながら、なおかつ常に移動し続ける者へ接近する方法。

 なかなか閃かずにイライラする気持ちを抑えるため、風歌は一度自室へ戻ることにした。


「!」


 備え付けの椅子に座って傷を応急処置していると、部屋にあった『あるもの』の存在に意識が持っていかれる。


「……これだ」


 風歌はそれを見て、秀頼を倒す方法を閃いた。

 気付かれないように、姿の見えぬ狙撃手へ接近する方法を。

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