第27話 朝日に揺らぐ音無き殺意
ふらふらとした足取りが崩れ、風歌は
ここはホテルの一室。
傷と疲労に
「疲れた……」
風歌は床に頬をくっ付けた状態のまま、半分眼の閉じた表情で呟いた。
1時間くらい、その状態で過ごしていたかもしれない。
ようやく立ち上がった風歌は、体を引き
なんとか入浴を済ませると、溜まっていた疲労はかなり和らいでいた。
体が温まることで筋肉の血管が膨張し、疲労物質が流れていくのである。
どれだけ疲れていても風呂には入った方が良いのは、それがあるからだ。
風呂から出た風歌はバスローブ姿でベッドに寝転がり、まだ湿っている髪をバスタオルで拭う。
足を振り上げた反動で立ち上がると、ドライヤーで髪を乾かした。
僅かな光の灯る部屋に、茶色の綺麗な髪が靡く。
『薙ぎ赤鬼』に続いて『千変武龍』。
自分を打ち負かし、牢獄に放り込んだ『刀皇』と肩を並べる『六牙将』を、2人も殺害したのだ。
もう、以前の自分とは違う。
「……えへへ」
ぼんやりとしていた風歌の表情は、気の抜けた笑みを見せた。
今度こそ『刀皇』を倒し、そして全ての『六牙将』を倒し。
誰も手を出すことができない、最強の存在になってみせる。
誰も私の前に立つことのない、平穏な日常を手に入れてみせる。
ドライヤーを切った風歌は、そのままベッドへ倒れ込んだ。
ベッドに倒れてから眠るまでの記憶は、ほとんどない。
いつの間にか、朝が訪れていた。
清々しいほどの晴天が放つ朝日に照らされ、風歌は目が覚める。
昨日の疲労からかなりの時間寝ていたかと思っていたが、案外そうでもなかった。
時計を見ると、まだ人通りの少ない時間帯である。
凝り固まった身体を大きく伸ばし、立ち上がりながら軽くストレッチ。
椿骸と血だらけの着物を掴むと、部屋から廊下へ出た。
「服欲しいな......」
階下に降りるエレベーターの中で、風歌は小さく呟く。
ロビーに到着したが、受付に人は居なかった。
風歌は気にすることなくずかずかとスニーカーを踏み入れ、受付の奥にあった従業員室へと侵入する。
「あれっ」
従業員室に顔を出した風歌は、そこでようやく驚きを見せた。
従業員が、誰一人としていないのである。
そういえば、ここに来るまで誰とも遭遇していない。
客はともかく従業員とも出くわさないとは何とも奇妙だったが、風歌にとっては好都合である。
ここに来た目的を叶えるべく、部屋の中まで入っていった。
「あった、あった」
探し物はすぐ見つかった。
風歌が探していたのは、このホテルの従業員が着る予備の制服である。
シャツの上にベストを羽織る形の制服で、最小サイズでようやく風歌が着られる大きさだった。
更衣室で素早く着替えた後、拾ったカバンに着物を入れて従業員室から出る。
ロビーを真っ直ぐ通り、入口の自動ドアを潜った。
その時。
「!」
風歌の足元に、どこからか飛んできた一本の
風歌の踏み出したスニーカーのゴム部分に、ちょうど当たらないくらいの絶妙な位置に。
飛んできた方向を見上げると、ホテルに向かい合う形で高いビルが建っていた。
しかし、そこに人の姿は見えない。
再び矢へ視線を戻すと、矢の本体……シャフト部分に紙が括り付けられている事に気が付く。
周囲を警戒しながら、綺麗に括り付けられていた矢文を開く。
「武器を捨てて投降しろ。それ以上外へ出れば、死ぬぞ」
矢文には、書道のお手本のように達筆な字でそう書かれていた。
それを見た風歌が足を一歩踏み出すと、空気が僅かに揺らぎを見せる。
「ッ!」
重い玉鋼の音色が、空間に響いた。
音よりも速い速度で突っ込んできた矢を、見切った風歌が刀で叩き落とす。
「重いッ……!!」
矢を弾いた刀身を伝って、重い衝撃が風歌の手を痺れさせていた。
凄まじい威力である。
加えて、矢は矢文が飛んできた方向とは全く異なる所から飛んできていた。
そして再び、空気が揺らぐ。
皮の斬れる音と共に、風歌は顔から血を弾き出した。
刀で弾き切ることができず、軌道の逸れた矢が風歌の頬骨を掠めたのである。
それもまた、違う方向から放たれた矢が。
「ちぃ!」
さらに飛んできた矢を避けると、風歌はそのままホテルのエントランスへ後ろ向きに転がり込む。
飛んできた方向を睨んでも、やはり狙撃手の姿は見えない。
エントランスの床に膝をついた状態で、風歌は頬から伝う鮮血を拭った。
これほどの威力と精度を兼ね備えた矢を放つ人物は、風歌が知っている限り一人しかいない。
風歌は目を獣の如く鋭くさせ、その人物の名を口にした。
「『囲炉裏天狗』……!!」
とあるビルの中。
誰もいない建物の中で唯一、陽を避けるように陰へ潜む男がいた。
巨大な体躯に、滝のような白い髭。
『六牙将』最年長の男にして、弓の名手。
『囲炉裏天狗』こと、
ビルの陰から外を覗き込む彼の視線には、風歌の潜むホテルが映っていた。
彼は今日、風歌を殺害するために現れたのである。
「風歌よ……儂はお主に、普通の人生を送ってほしかった。だが、叶わぬのだな」
虚空に向かって話しかける秀頼の目つきは、鋭さの中に悲しみを秘めていた。
「音也を殺した。それが、お主の答えだというのならば」
その悲しみの感情が、鋭さに飲み込まれる。
彼の瞳は単なる老兵から、狩人の目へと変化していた。
「儂は、お主を殺す」
一度機会を与えたことを、ひどく後悔している。
そのせいで大勢の人が死に、音也も犠牲になったのだから。
この犠牲は、自分自身の手で償わねばならない。
これは、自分のためでもあるのだ。
「……覚悟せい」
弓を構えた状態で、秀頼は刺すようにホテルの入口を睨んだ。
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