第25話 赤の達磨が地に墜ちる

 風歌は刀を翻して槍を弾き上げ、一歩の距離を詰める。

 その動きはもはや『踏み込み』ではなく、『重心の移動』と呼ぶべき速さだった。


 「くッ!」


 音也は引いた槍を回して斬撃を受け止めると、風歌の腹部に蹴りを放つ。

 後方に吹き飛んだ風歌へ追撃をかけるべく、蹴りを放った足を前へ踏み込んで槍を薙ぎ払った。

 

 風歌は手を床に付けて伏せることで、音也の薙ぎ払いを回避する。

 空間を裂く凶悪な音が、風歌の真上を通過して髪を揺らした。

 床に付いた手を弾いて横方向へ転がり、続けて放たれた叩きつけを避けつつ走り始める。

 音也は槍を回して石突を前へ向け、放たれる風歌の連撃を次々に弾いていった。


 削れるような鉄の音が弾け、空気が慌ただしく右往左往する。

 音也の槍を大きく弾いた風歌が翻ると、返しに放った一太刀が音也の前腕に命中した。


 「ぐう……ッ!!」


 右前腕部、損傷。

 前腕を通った一筋のあかから、血液が飛んだ。

 痛みを退けるように薙ぎ払われた音也の槍を宙返りで避け、風歌は距離を開けて着地する。


 「!」


 先に傷を与えたことで笑みを浮かべた風歌だったが、何かに気付いてその表情が一変した。

 下に視線をやると、脇腹の部分が裂けて着物に血が滲み出ている。

 前に視線を向けると、音也が槍の持っていない方の手で短剣を握っていた。


 「大業物『握達磨にぎりだるま』だ。俺に不用意に近付いちゃいかんぜ?」


 風歌の血がしたたり落ちる刃先を向け、その色白の顔に笑みを見せる。

 見せつけた短剣は、刃渡り20センチメートルにも満たないほど小さなものだった。

 そんな小さな武器を見て、風歌は痛みに耐えながら口の端を持ち上げる。

 

 「随分と可愛らしい大業物だね」

 「心臓の大きさは十数センチだと聞く。それを貫くには、十分な長さだろ?」


 風歌の言葉にそう返した音也は翻り、再び槍で空間を薙いだ。

 風歌は重心を前に寄せて滑り込むことで、槍を回避しながら接近し、迎撃として放たれた短剣を弾く。

 がら空きになった音也の左肩へ一刀を放とうとするが、引き戻された槍によって阻まれた。


 カウンターとして音也は片脚を引くと、槍による突きの連撃を放つ。

 次々と放たれる槍を避け、弾いていくが、そのうちの一つが風歌の頬を通った。


 「ちィ!」


 跳んで身を翻しながら槍にスニーカーを乗せ、柄を踏み台に再び跳躍する。

 壁側へ跳んだ風歌は角度を変えて壁を蹴ると、さらに高くへ跳んだ。

 天井ギリギリの高さへ到達した彼女は、空中で刀を構える。


 「だあらッ!!」


 重力の力を借りつつ、音也に向かって刀を振り下ろした。

 迎撃の槍を弾いたものの、風歌の胸の隣……腋の下に槍の刃が入ってしまう。

 激痛が襲い、出血が起こるが、風歌は気にしない。


 刃が擦れて傷口が大きくなる事を引き換えに、風歌は音也の頭上へ刀を振り下ろした。


 「早まったな、『太刀花』!」


 だが、風歌の刀は音也には届かず。

 

 音也は素早く短剣を取り出して、風歌の刀を受け止めていたのだ。

 玉鋼の音が鐘のように響き渡り、静寂が走る。


 「早まったのはオメーの方だぜ」

 「なに?」


 音也のセリフを聞いた風歌が、ニヤリと笑った。

 

 風歌は腰に差してあった拳銃を素早く引き抜くと、音也の顔面に向かって引き金を引く。

 

 発砲音が署内を走ると同時に、音也の上半身が血の尾を引いて仰け反った。


 



 風歌は警察署内の職員を殺害した際に、その一人が所持していた拳銃を奪っていたのである。

 

 「切り札は、ギリギリで使うのが一番いい」


 仰向けに倒れる音也の額から、とめどなく血液が流れ出していた。

 『千変武龍』絹越 音也は、風歌の放った拳銃によってその命を落としたのである。

 風歌の脇腹と腋の下も、傷付いて多くの血が出ていた。


 「さて、と……」


 着物で刀に付いた血を拭った風歌は、音也の死体に背を向けて呟く。


 「帰るか」




 が、しかし。


 「!」


 そんな風歌の行く手を阻む、一つの影が立っていた。

 大柄な身体に黒い忍装束を纏った男……。

 黒鷲一派の『大忍』。

 『朧』である。


 「誰?」


 佇むように入口で立ち塞がる朧へ、風歌は首を傾げながら気だるげに問うた。

 朧は組んでいた腕を解くと同時に、その姿を消す。

 

 そして次の瞬間。


 金属のかち合う甲高い音が響き、風歌の抜いた刀と朧の持つ刀とがぶつかった。


 「ったく質問にも答えねえのかい。相変わらず忍者ってのは、礼儀がなってねぇな」


 呆れたように呟いた風歌が朧の刀を弾くと、朧は弾かれた力を利用して宙返りをする。

 その際に、4本のクナイを風歌へ投げつけた。


 素早い刀捌きでクナイを全て弾いた風歌だったが、そこで異変を感じ取る。

 床に落ちたクナイから、ガスの漏れるような音が鳴っていたのだ。

 着地した才蔵の指先には、火の付いたマッチ棒が挟まれている。


 「なッ!?」


 次の瞬間。眩い炎を放ちながら、風歌の周囲を取り囲む空気が爆発した。

 金属やガラスが吹き飛ぶ激しい音を撒き散らし、爆炎が署内を覆う。


 「ちく……しょう」


 被った瓦礫を払い除けながら、壁まで吹き飛ばされた風歌はふらふらと立ち上がった。

 苦痛に顔を歪める彼女の左袖は焼け、ただれている。

 燃え盛る炎の奥から飛んできた手裏剣を片腕で撃ち落とし、横方向へと走った。


 炎から飛び出してきた朧が、風歌へ刀を放つ。

 数合の打ち合いを行ったのちに、朧は風歌の袈裟斬りを宙返りで回避した。

 着地した朧の元へ足を踏み込み、風歌はさらなる連撃を繰り出す。


 「むう!」


 正面からの斬り合いでは敵わないと察したのか、朧は風歌の蹴りを回避すると同時にさらに後ろへと下がった。

 風歌は突き出した足を踏んで床を蹴り、跳躍するように朧へ追撃をかける。


 「逃がすかァ!」


 大きく接近し、刀を引いて突きを放った。

 風歌の放った突きは朧が回避するよりも速く、その腹部を貫通させる。

 だが風歌の表情は、そこに手ごたえがことで動揺に変化した。


 「う"ッ……!?」

 

 背中に冷たい感触が突き刺さる。

 風歌の背後には、朧が立っていた。

 ついさっき風歌が突き刺したはずの、朧が。


 「『変わり身の術』だ。速すぎて見えなかったか?」


 風歌が刀で突いたのは、朧の忍装束だった。

 代わりに、風歌の背中に短剣が刺されている。

 どくん、どくんと、心拍が上昇し始めた。

 突き刺さった短剣の刃に血流がぶつかり、冷たい違和感と共に少しずつ外へ漏れ出ていく感覚に襲われる。


 「らァッ!!」


 風歌は痛みを払うように叫びつつ、朧の足を踵で踏みつけた。

 振り向くと同時に刀を振るい、反撃を行う。

 風歌の攻撃を宙返りでひらりと回避した朧は、距離の離れた位置で着地した。

 

 「人は誰しも、『勝てる戦い』だけをしたがるものだ」


 忍装束の隙間から覗く、しわの重なった眼光が鋭くなる。


 「その中でも、『勝てる戦い』を正しく判別できる者だけが生き残れる。『勝てるかどうか分からない』などという賭けはしない。」


 風歌は既に音也との戦闘でかなりの消耗をしていた。

 その上で『大忍』との連戦。不意打ちの一撃を背中に貰う事は、不思議なことではなかった。

 そしてそれが、風歌の体力をかなり奪うことになるというのも。

 

 「始末させてもらおう」


 朧は静かにそう口にすると、両手に手裏剣を構えた。

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