第24話 龍虎相打つ逢魔差し

 宗重から逃げることに成功してから数時間後の事。

 風歌は整体院にて、施術を受けていた。


 「あぁ~……」


 うつ伏せの状態になり、女性整体師が行う施術をリラックスした状態で受け入れる。

 全身から、痛みが血流に乗って流れていくような感覚が風歌の体中を駆け巡っていた。


 風歌は宗重との戦いを経て、右肩に負った傷を回復させることが先決だと判断し、整体院を訪れたのである。

 整体には筋肉の凝りや疲労を和らげるほか、身体全体の健康バランスを整えることができる。

 鎮痛作用も存在し、実際風歌は右肩の痛みが少しずつ和らいでいるような気がしていた。


 腰回りを手でほぐしながら、女性整体師が風歌に尋ねる。


 「ところで、この後の予定は?」

 「んー……適当に散歩かな」


 風歌はその場の思い付きで行動を決める人間だ。

 先の予定なんて、自分で考えたことはほとんど無い。


 「いつ頃戻られますか、『辻斬り太刀花』さん」

 

 整体師の発したその一言に、緩んでいた風歌の表情は目が覚めたように固まった。

 施術を続けながら、整体師が続ける。


 「『黒鷲一派』の忍です。御屋形様が、あなたに用があるそうで」

 「なーんでこんな所まで……」


 風歌に施術を行っていた整体師は、いつの間にか黒鷲一派の忍に入れ替わっていたのだ。

 気付かなかった風歌は少し驚きながらも、自身へ付きまとう忍に呆れたようなため息を吐く。


 「……終わってからでいい?」


 苛立ちを抑えて、絞り出すように言った。

 整体師は「もちろん」と返し、再び施術を再開する。

 途中で入れ替わったとはいえ、整体の技術は有しているのだろう。

 忍は丁寧に、風歌の体のバランスを整体によって調整してくれた。

 

 施術が終了し、風歌はマッサージベッドから脚を下ろす。

 のらりくらりと自身の荷物置きへ足を進め、椿骸の鞘を掴んだ。


 その瞬間。肉が千切れ、血液の飛散する音が響く。


 「はっ……!?」


 整体の片付けをしていた女忍の腹部を、一本の鋼が貫いていた。

 背中から一直線に突き刺された刀は鮮血を纏い、赤黒い肉片を貼り付けている。

 

 「お前らにもう用はねえからな。椿骸が手に入りゃあ、こっちのもんさ」

 「なんてこと……ぉう"ぅッ!?」


 風歌は突き刺した刀を下へ動かし、出血を加速させる。

 下腹部に深い傷口を作られた女忍は意識を失い、流れるように絶命した。

 刀を引き抜き、血に塗れた刀身を置いてあったタオルで拭う。


 「忍者なんて、信用できるかっての」


 刀を納めた風歌はそう吐き捨てた後、痛みの和らいだ右肩を満足げに触りながら店を後にした。




 そんなやり取りを、春一郎は屋敷で聴いていた。

 女忍に装着させていた盗聴装置で、一連の会話を健太郎と共に聴いていたのである。

 女忍が殺害された事を知った健太郎は頭を押さえ、大袈裟なリアクションを取った。


 「あちゃ~……この様子だと、戻ってくる気配は無いっすね」

 「察しが良いのか悪いのか……とにかく、椿骸を手にした『太刀花』が離反するのは分かっていたことだ」


 そう呟く春一郎の顔は、風歌に見せた時とはまるで別人のように鋭い目をしている。

 そんな彼の斜め後ろに、音もなく片膝をついて現れた者がいた。

 大柄な、黒い忍装束を身に纏った大男。

 彼の姿を見た途端、健太郎ですら固まるほどの存在感が部屋を支配する。

 布を擦る僅かな音を立てて立ち上がったその男へ、春一郎は顔を向けることなく指示を飛ばした。


 「仕事だ、『おぼろ』。椿骸を、回収してこい」

 「御意」


 春一郎の言葉に短く答えた『朧』という忍は、野ネズミのような速さで部屋を出る。

 音もなく襖が締められると、春一郎は腹立たしそうに口を開いた。


 「調子に乗りおって。椿骸は、『太刀花』のような小娘が持つべき代物じゃあないんだよ」


 黒鷲一派は完全に、風歌を『敵』とみなして動き始めたのである。






 橙色の着物が、こちらに向かって吹くそよ風に揺られていた。

 明るい茶髪が、照り付ける太陽の光を吸い込んで光沢を発している。

 

 「『六牙将』が来やすい場所といえば、ここかな」


 風歌が訪れた場所は、警察署の本部だった。

 そびえ立つ巨大な外壁を見上げ、風歌は口の端を持ち上げる。

 彼女は堂々と、真正面の入口から施設内に侵入した。

 

 「!」


 入り口前に立っていた2人の警備が気付いたと同時に、風歌は体重を前に傾けて動き出す。

 一瞬で片方の警備へ接近すると、空中で身体を一回転させてその首をね飛ばした。

 血飛沫が降りかかるよりも早く、足を振り上げてもう片方の警備へ蹴りを放つ。

 風歌の足と壁に挟まれた警備の首元に、容赦なく刀を突き刺した。


 ほんの、1秒もない間の事である。


 崩れゆく2人の警備など目もくれず、何事もなかったかのように自動ドアを潜った。

 

 「なっ……『辻斬り太刀花』!?」


 エントランスにいた職員達の視線が一斉に集う中、風歌は一番近い職員へと距離を詰める。

 職員は体を逸らして何とか回避しようとするものの、焼け石に水。袈裟斬りが肉を裂き、鮮血を弾き出した。

 血に塗れながら死体を蹴倒し、風歌は次の職員へと向かっていく。

 職員達は慌てて拳銃を取り出して発砲するも、そんな生半可な攻撃が風歌に通じるわけがない。

 

 うねりを上げる波のような、軽やかに宙を舞う蝶々のような。鮮やかで滑らかな動きによって銃弾を軽々と避け、時には弾き、職員を次々と殺害していく。

 たった数十秒の出来事にも関わらず、署内のエントランスは大混乱に陥っていた。

 椿骸を持った彼女は、止められない。

 

 『六牙将』を除いて。


 「おろ?」


 突然、入口のガラスが爆砕して署内に破片が吹き飛んだ。

 同時に一直線で飛んできた何かを、風歌は片手で握る刀によって弾き飛ばす。

 甲高い音を響かせて落ちたのは、大きな直剣だった。

 剣から視線を外して飛んできた方へ視線を向けた風歌が、嬉しそうに微笑を見せる。


 「早かったね」

 「近くにいたもんで」


 破砕された入口に立っていたのは、『六牙将』が一人……『千変武龍』絹越きぬごし 音也おとやだった。

 シャープな口元は笑みを見せてはいるものの、その目は完全な殺意のこもった視線である。

 風歌が刀を構えると同時に、音也は槍を一回転させた後に構えを取った。


 先に動き出したのは風歌から。

 一直線に突っ込んできた風歌へ突きを放つ音也だが、風歌はそれを地面を踏んで半身になることで回避した。

 音也は後ろに引いた足を軸に一回転することで薙ぎ払いを放つ。

 刀でそれを弾きつつ跳躍した風歌が、上方向から音也へ襲いかかった。


 「ちいッ!」


 槍と脚を素早く引いた音也は、柄の部分で振り下ろされた刀を受け止める。

 玉鋼の音色が響き、僅かな火花が音也の顔面をかすめた。


 「『刀皇』の言った通り、あの時とはまるで違うねェ……!」

 「たりめェよ! 椿骸を持った私に、倒せる者なんざいねえ!」


 音也の言葉にそう返した風歌はスニーカーで柄を踏んで、再び跳躍する。

 それを追って真上に放たれた槍を弾きつつ、風歌は反対側へ着地した。


 「多彩な手を持つたつの武人。その首、頂くぜ」


 風歌は夕暮れに差し掛かろうかという日差しを背にしてそう告げ、大胆不敵な笑みを見せた。

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