第23話 虚に迫りし壱椚

 店を飛び出した宗重は、背中に装備していた筒から武器を取り出して風歌に迫った。

 宗重から放たれたスイングを受け止めるべく刀を構えた風歌だったが、そこで誤算が発生する。


 「ッ!?」


 風歌が想定していたよりもずっと早いタイミングで、宗重の武器が風歌の脇腹に直撃したのだ。

 脇腹の筋肉を潰されるかのような痛みと共に、横方向へ吹き飛ばされてしまう。


 「ちッ! 『棒』なんてしょうもねえ得物エモノ使いやがって」

 「大業物『柊雷壱椚しゅうらいいちくぬぎ』だ。そのしょうもねえ得物に先手を取られた気分はどうだ」


 そう。宗重が取り出した武器……『柊雷壱椚』は、2メートルほどの長さを誇る巨大な鉄棒だった。

 折り畳み式で収納時よりもはるかに長く、なおかつ刃物よりもスピードがある。

 をするには、これ以上ない武器なのだ。


 風歌は打った体を押さえつつ、刀を握っている手を振り上げて追撃を防ぐ。

 だがしかし、宗重の操る棒の方が明らかに速い。

 切り返して放たれた斜めの一撃にバランスを崩され、突きが腹部に刺さった。


 「う"ッ……!」


 細い棒による突きはまるで皮膚を貫かれたような激痛をもたらし、何かが切れたような感覚に見舞われる。

 地を蹴って飛び上がることで次の攻撃を回避した風歌は、空中で身を翻して刀を放った。

 宗重は一歩下がることでそれを回避するが、風歌はその行動を想定済み。

 着地させた片足を軸に、宗重の顔面に蹴りを放った。


 甲高い金属音が響く。

 あと数センチの所で防御が間に合った宗重は棒を返し、風歌の右上腕に向かって振りかざした。

 風歌はそれを刀で弾くと、前蹴りによって宗重を蹴り飛ばす。


 「いてえな、畜生ちくしょう……」


 痛む右上腕を押さえる風歌。

 肩部分は重松との戦闘で傷を負っており、その真下を打たれたことで傷が開いてしまったのだ。

 

 完治していない状態では、『六牙将』には勝てない。

 一瞬のやり取りでそれを確信した風歌は、踵を返し退却の姿勢を取った。

 スニーカーに力を込め、道路に向かって走り出す。


 「逃がすか!」


 だが、宗重はそれを許さなかった。

 逃走する風歌に追いついた宗重は棒を振るい、風歌に防御を強要させることでその足を止める。

 数合の打ち合いが行われた後、隙をついて放たれた棒が風歌の脹脛ふくらはぎを叩いた。


 「くッ……!!」


 よろめいた所を掴まれ、顔面が潰れるかと錯覚するほどの平手打ちを喰らってしまう。

 宗重は倒れた風歌の腹部を容赦なく蹴飛ばし、棒を構えた。

 自販機のすぐ前でうずくまる風歌に、手錠を取り出しながら歩みを寄せる。


 「大人しくお縄にかかるんだ。君は若い、やり直すチャンスならある」

 「やり直す……?」


 上半身を持ち上げ、横に崩れる姿勢を取っていた風歌が宗重の言葉に反応した。

 伏せた顔からは、怒りの感情が滲み出ている。


 「『やり直し』なら現在進行形で行ってんだよ。『六牙将』を殺し! 二度と捕まらないようにするって『やり直し』をよッ!!」


 風歌は一度『刀皇』錦馬 韓陽に敗北し、刑務所に放り込まれた経験がある。

 あんな悔しい思いは二度としたくない。

 彼女にとって、今ここに居ること自体が与えられたチャンスなのだ。


 「おらァッ!」


 身を翻して立つと同時に斬撃を放つ。

 後ろに体重を傾けることで回避した宗重だったが、風歌の狙いは別にあった。


 金属の歪む不快な音をかき鳴らし、風歌の隣にあった自販機が倒れる。

 風歌は宗重を狙って斬撃を放ったのではなく、自身の隣にある自販機を狙っていたのだ。

 自販機は真っ二つに切断され、中から飲料がゴロゴロと溢れ出る。


 「ッ!」


 風歌を守るように転がってくる飲料の缶やペットボトルを、宗重は棒を操って弾き飛ばしていく。

 足元に意識を取られた宗重へ、風歌が立ち上がりつつ攻撃を仕掛けた。


 缶を宗重の顔面に向けて強く蹴り上げる。

 反射的に棒を振るって弾いた所に、風歌は足を踏み込んで袈裟斬りを放った。

 足を引きつつ回避した宗重は、棒を構え直して刀を弾く。

 風歌は弾かれた方向へ体重を傾けて地面を蹴り、空中で体を翻してもう一発斬撃を放った。


 刀を宗重の棒が受け止め、甲高い音が響く。


 「くッ……」


 宗重の上半身に風歌の全体重を乗せた攻撃が放たれ、宗重は僅かに体が反った状態となってしまった。

 足を引いて切り返したいが、足元には缶やペットボトルが転がっていてバランスを崩しかねない。


 「はあッ!」


 宗重は体の反った状態を逆に利用し、風歌の脇腹へハイキックを放った。

 思い切り脇腹へ靴がめり込み、風歌の体は弾丸のように吹き飛んでいく。

 それこそが、彼女の狙いだったと気付かずに。


 吹き飛んだ風歌は空中で仰向けに姿勢を変えつつ、隣へ手を伸ばした。

 風歌が飛ばされた先は道路。通りかかったトラックの荷台をうまく掴み、時速数十キロメートルの速さでその場から離脱することに成功したのである。

 

 「なにっ!?」


 逃げられたことに焦りの表情を見せた宗重はすかさず駆け出し、店の駐車場で停めてある自身のバイクにまたがった。

 荒々しいエンジン音を立ててタイヤが回り、すさまじい速度で道路に突っ込む。


 「逃がさんぞ、『辻斬り太刀花』……!!」


 煙を上げて急転回し、風歌の乗ったトラックを追う。

 アクセルを全開に、道路を走ること数分。

 視界の先に、風歌の飛び込んでいたトラックがうっすらと見えてきた。

 猛スピードで走る宗重のバイクが追いつくまでそう長くはなく、ものの数十秒でトラックの真後ろに迫る。

 宗重はハンドルから手を離すと、棒を振るってコンテナの扉を叩き壊した。


 「なにッ……!?」


 しかしそこで、宗重の焦る表情は一層強くなる。

 壊したコンテナの中は、空っぽだったからだ。




 「危なかった~……」


 トラックのコンテナの中で、風歌は揺られながら一息つく。

 宗重が追いつく少し前。彼女は偶然すれ違った別のトラックに飛び移っていたのだ。

 すれ違った宗重は既に遥か先のトラックを追いかけており、逃げることに成功したと言っていいだろう。


 痛む右腕を押さえ、風歌はトラックに行き先を任せることとした。

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