第22話 快活ならぬ御相席

 水面が跳ね、一尾の青魚が釣り上げられた。


 「やった!」


 秀頼からアドバイスを貰った方法でようやく魚を釣り上げることのできた風歌は、小さく体を揺らして子供のようにはしゃぎ始める。

 風歌が釣りを開始してから、1時間以上の時が経った頃であった。


 びちびちと身をよじらせて暴れる魚を掴み、口に刺さった針を引っ張って外そうとする。

 

 「あっ」


 随分と暴れていた魚は、針が外れた途端に風歌の手から飛び出して川に飛び込んでしまった。

 獲ったばかりなのに逃げられてしまい、風歌は少しだけ眉をひそめてしまう。

 とはいえ秀頼のように持ち帰るためのクーラーボックスも持って来ていないし、いずれ逃がさなければいけない魚だったので仕方がない。


 魚の脂で汚れた手を軽く川の水ですすいでいると、何かを訴えるように腹の音が鳴った。

 太陽は真上から風歌を照り付けている。もう正午だ。


 「ハンバーグでも食べたい気分だなぁ」

 

 風歌は濡れた手を拭きながら荷物を片付けると、釣り竿を肩に担いで公園を後にした。




 風歌の座席の前に、熱々のハンバーグ定食が渡される。

 鉄板の上で艶を放つハンバーグに、風歌はとろけるような視線を向けていた。


 「うわぁ~……! 美味しそう~」


 風歌は袖を大きく捲り、両手を合わせて「いただきます!」と小さく呟く。

 用意されてあったナイフとフォークを手に取ると、その分厚い肉にナイフを差し込んだ。

 

 「!」


 その一差しだけで、十分過ぎるくらいに柔らかさが伝わってくる。

 ハンバーグはまるでほつれた糸がどんどん解けていくように、抵抗すら感じぬまま切断された。

 断面から溢れ出る透明な肉汁の匂いが、風歌にごくりと唾を飲みこませる。

 ゆっくりと、その一切れを口に運んで食べた。


 瞬間、口の中へ一気に溢れ出す肉の味。

 噛むたびに肉汁が口内を染み渡り、風歌は思わず頬を押さえてしまう。


 「美味しい……」


 噛み締めるように呟いた風歌は、フォークで鉄板の端にいるコーンをすくい上げて口にした。

 甘いコーンの粒たちが、ハンバーグの肉汁が持つちょっとしたしつこさを打ち消してくれる。


 「ん?」


 ふと周囲のざわつきに気付いた風歌が顔を持ち上げると、彼女の席の前に大きな人影が立っていた。

 勇ましい髭面に彫りの深い顔、鋭い目つきで風歌を見下ろすのは、『六牙将』が一人。


 「前、座ってもいいか?」


 『仕置き烏』こと、栗延くりのべ 宗重むねしげであった。


 「嫌だ、って言ったら?」

 「問答無用で座る」


 ハンバーグを頬張る風歌に対して宗重がそう返すと、椅子に座って風歌と向かい合う形に移行する。

 メニュー表をしっかりと見た後、風歌の食べているハンバーグをチラリと見た。

 サッと手で隠した風歌から諦めたように視線を戻した宗重は、大きな手を持ち上げて店員を呼ぶ。

 

 「すみません。リブロースステーキセットを一つ」

 「かしこまりました~」


 若いアルバイトの男は宗重の注文を素早く電子端末に入力すると、即座に席を離れた。

 注文を待つ宗重は腕を組みながら、ハンバーグを食べている風歌の姿を鋭い目つきで眺める。

 睨み付けるかの如き視線を浴び、流石の風歌も気になって顔を上げてしまった。

 訝しげな表情をこちらに向けながらハンバーグを咀嚼する風歌に、宗重が口を開く。


 「美味いか? それ」

 「え、うん」

 

 硬い表情から放たれた何とも言えない質問に、風歌は拍子抜けしながら短く返した。

 先程の秀頼といい、今日は変な態度の『六牙将』ばかりに会うな。

 風歌はフォークでコーンをかき集めながら、感じた疑問を宗重にぶつけた。


 「私にそんな接し方しろって言われたの?」

 「いや、そんなことは無い。むしろ『薙ぎ赤鬼』が死んだことで、お前に対する恨みが増した奴の方が多いくらいだ」

 「『囲炉裏天狗』もさっき、私に釣りを教えてくれたんだけど」


 風歌のその一言を聞いた宗重は片眉を持ち上げる。

 組んでいた腕を解き、先に出されていたお冷を一口あおって独り言のように口を開いた。


 「あの人は君に、真っ当な人生を歩んでほしいと願っている」


 注文していたリブロースのステーキが、宗重の手元に運ばれてくる。

 ウェイターに軽く手を上げて「ありがとう」と感謝を述べた後、宗重は一つの話を始めた。


 「本当は俺、ハンバーグが食べたかったんだ」


 唐突に発したその一言に、風歌は再び手でハンバーグの鉄板を隠す。

 宗重は手を払う仕草で風歌の考えていることを否定した後、ナイフとフォークを取り出してステーキにナイフを入れた。


 「けど人にはな、同じメニューを頼まれるのが苦手な人もいる。真似されてるみたいだ、って言ってな」

 「変なの」

 「思うだろ? けど実際にいるもんなんだ。人には色んな考えがある」


 そう言って宗重は肉厚なステーキを口に運んでいく。

 表情は相変わらず真顔で、とても美味しくなさそうな食べ方だ。

 だがところどころで小さく頷いているのが、その味を証明している。


 「理解できないものなんてこの世にはいくらでもある。だが大切なのは、理解できないものを『理解できない』の一言で終わらせないことだ」


 よく噛んでステーキを頬張りながら、宗重は続けた。


 「理解できないものの存在はストレスだから、さっさと結論付けて斬り捨てるのは手っ取り早く楽になれる。だが人類はこれまで沢山の『理解できないもの』に立ち向かってきた。『理解できないもの』を追求することは、人間として必要な在り方なのだと俺は思う」


 風歌はハンバーグを食べながら、黙って宗重の話を聞いている。


 「大切なのは『理解』ができなくとも『納得』はしなければならないという事だ。たとえ理解できないものを追求した結果、理解ができなかったままだとしても。『とても頑張ったが、理解ができなかった』という『納得』にする必要がある」

 「『納得』……」

 「君は他人を理解する気が無い、という話だ。どうか他人の存在を『納得』し、共存を選択してほしい」


 ハンバーグを食べ終わった風歌はお茶を飲んだ後、紙ナプキンで汚れた手を拭いていた。

 そんな彼女に、宗重は告げる。

 

 「今、捕まる事を決断してくれれば。俺は全力で働きかけ、君にできるだけのサポートをしよう。……そんな生活は、もう辞めないか」


 宗重の回答を聞いた途端、風歌が動き出した。

 姿勢を崩してテーブルを蹴り上げ、座る宗重の動きを封じつつ刀を抜く。

 

 テーブルを蹴られた事によって宗重の方へ飛んでいた鉄板たちは突如、真上へ吹き飛んだ。

 宗重がテーブルの裏から突き上げるような拳を放ち、テーブルを天井に吹き飛ばしたのである。

 風歌の放った刀よりも一歩早く、宗重は彼女の襟を掴んだ。


 「店員さん、ドア開けてくれ!」


 顔だけを振り返らせた宗重がそう叫ぶと、近くにいた店員が入口のドアを急いで開ける。

 同時に宗重は腕を振りかぶり、掴んでいた風歌を入口から外に向かって投げ飛ばした。

 追いかける形で走り、外に放り出した風歌を追う。


 「店の中だと、店員さんに迷惑だからな!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る