第20話 水陰に走る大鮎の

 「うおおおッッ……!!」


 女は連続でトリガーを引き、次々と弾丸を射出していく。

 しかし風歌はまるで舞でも披露しているかのように、ひらひらと翻りながら全ての弾丸を払い除けていた。

 

 「銃ってのは便利なもんだ。指1つで人を殺せる。赤ん坊だろうと、他者の生命を抹消することのできる世紀の発明品だ。」


 斜めに振り下ろす形で弾丸を撃ち落した風歌は左手を操り、くるりと椿骸を回して構えを取る。

 片手にして余裕の表情を見せる風歌には、勇気を持って現れた女も動揺を隠せなかった。


 「だが発射される場所と方向は常に一定。正面切って戦うにゃあ、あまりにも分かりやすすぎる」


 二発、銃弾を弾いた風歌が地面を蹴る。

 姿勢を低くして突っ込んできた風歌に女は照準を合わせるが、風歌はそれよりも速かった。


 金属の擦れる軽やかで高い音が鳴り、赤い血が飛ぶ。


 拳銃を持つ女の手首が、音もなく斬り落とされたのだ。


 「あああッ!?」

 「あめえな」


 右手首が綺麗に切断されてしまった事に動揺した女へ、冷たく言い放った風歌が刀を閃かせる。

 次の瞬間。女の腹部から胸部を跨いで喉元までが、一直線に裂けて血液を撒き散らした。


 「未熟の極みだな。真鍮しんちゅうが泣いてるぜ」


 凛々しかった女の瞳は光を失い、人形のように力なく倒れる。

 同時に再び悲鳴が上がり、今度こそ危険だと判断した観戦者達が逃げ出し始めた。

 未だ残っている命知らずな野次馬達も、風歌が視線を送ると情けなく逃げ出していく。


 「……お」


 ほとんど人がいなくなり見通しの良くなった商店街の中で、女の死体を漁りながら周囲を見渡していた風歌はあるものを見つけた。


 鮮魚店の店頭に置かれた水槽の中で泳ぐ、大きな魚である。

 店主は先の騒ぎで逃げ出したのか、電気だけ付いていて人の気配は無い。

 何を考えているのか分からない魚と目が合った途端、風歌はこの後の予定を閃いた。


 「そうだ、釣りに行こう!」


 



 意外と近くで釣具店が見当たらず、表の通りをしばらく歩くことでようやく発見する。

 釣りはよく分からないので店主に適当なものを見繕みつくろってもらい、先ほどの女から拾ったお金で勘定した。

 血の付いた財布に少しぎょっとした店主だったが、親切な方なのだろう。風歌に釣り経験が無い事を知るや否や、近場の釣りスポットを丁寧に紹介してくれた。


 釣り竿に餌、仕掛けに加え、余ったお金で追加してくれたキャップ帽と上着を着た風歌はさっそく釣りスポットへと向かう。




 店主が紹介してくれた場所は、人の喧騒から少し離れた河川敷の公園だった。

 柔らかい芝生は直接腰を下ろしても痛くなく、目の前に広がる広い川はいかにも魚が釣れそうな予感。

 

 と、思っていたのだが……。




 風歌が釣りを始めてから、30分が経過していた。

 成果はゼロである。


 「あっ」


 川に垂らしていた糸を引き上げると、引っかけていた釣り餌が無くなっていた。

 食い逃げられてしまったのである。


 「もーっ! 釣りって全然面白くないじゃない!」


 頬を膨らませて苛立ちを表す風歌の元へ、踏みしめるような足音が近付いた。

 その足音は風歌のすぐ斜め後ろまで寄ると、彼女に声を掛ける。


 「隣で釣りをしてもよいか?」


 しゃがれつつも、ハキハキと良く通る老父の声。

 振り返った風歌が見たのは、『囲炉裏天狗』こと秀頼の姿だった。




 2人が並んで釣りをすること、20分。

 黙々と小魚を釣り上げていく秀頼を見た風歌が、ようやく口を開く。


 「何しに来たの?」


 彼は『六牙将』。それも以前、直接ではないにしろ風歌と交戦した経験のある男だ。

 偶然居合わせたというには、あまりにも不自然だろう。

 秀頼は遠くを見つめながら、優しく微笑みを浮かべて口を開く。


 「少し、話をしたくてのう」

 「私と?」

 「うむ」


 日差しに眩しさを感じた風歌は帽子を少し下げ、秀頼の言葉を待った。

 秀頼は持って来ていたクーラーボックスに釣り上げた小魚を放り込むと、彼女に一つの質問を行う。

 

 「『辻斬り』……いや、"橘 風歌"よ。なぜ、人を殺す」


 秀頼の質問は回りくどいものの一切存在しない、真っ直ぐな質問だった。

 風歌はまた食い逃げされてしまった釣り針を見てしかめっ面を浮かべた後、再び餌を取り付けながらその質問に答える。


 「私は、私に嫌な思いをさせた人しか斬らないよ」

 

 風歌が人を斬るのは自身の機嫌を損ねたからでしかなく、それ以外の理由は存在しないのだ。

 秀頼は「なるほど」と一度理解を示した後、追加で口を開く。

 

 「でも、悪意を持って嫌な思いをさせているわけではなかろう」

 「そんなの、私には関係ないじゃん」


 秀頼の言葉に、風歌はあっさりとした言葉を返した。

 彼女は他人に迷惑がかかろうが斬ったことで死のうがどうでもいい、果てしなく自己中心的な性格なのである。


 「のう風歌。お主、他人に興味を持ってみるつもりはないか?」


 秀頼はまた釣り上げた小魚をクーラーボックスへ放り込んだ後、ちらりと風歌へ視線を向けた。

 その目は穏やかな老人のそれであったが、同時に鋭さもまとっている。


 「人の一生は短く、できることは少ない。だが他人と関わることで、自分の知らない、多くの事を知ることができる。例えば……」


 そう言って秀頼は釣り針をつまむと、風歌の顔にそれを近付けた。

 反応して顔を向けた風歌の前で、秀頼は一匹の餌を取り出して針に近付ける。

 そして餌を針に取り付けると、餌の体を真っ二つに千切った。

 千切られたワームへ意識が吸い寄せられるように目を開く風歌へ、秀頼が釣りのアドバイスを行う。


 「食い逃げされてしまうのは餌が長すぎるからじゃよ。針の大きさに合わせて小さくすれば、逃げられることもそうなくなる」

 「なるほど……」


 風歌はずっと、餌をそのまま付けて釣りをしていた。

 それでは針の付いてない部分から食べられてしまい、一向に釣れない状況になってしまうのである。

 秀頼の言葉を聞いた風歌は自身の釣り針を、まじまじと眺めていた。

 その様子に微笑みを見せた秀頼は立ち上がり、帰りを告げる。


 「では、儂はそろそろおいとまするかの。今の話を少しでも気にしてくれれば有難い」


 クーラーボックスを持ち上げて、秀頼はゆっくりと帰路についた。

 風歌は釣り餌を千切って針に付け、秀頼を見送ることなく釣りを再開する。


 お互いに倒すべき敵。にも関わらず、2人は戦わなかった。

 風歌は右肩を未だに負傷しており、加えて今教えてもらった方法を使って今度こそ魚を釣りたかったから。

 秀頼は風歌の改心を望んでいる上、状況が自分にとってであると考えたからだった。


 風歌のいた釣り場から少し離れた橋の下の陰まで到達した秀頼は、そのだと判断した原因に声を掛ける。


 「隠れているのは分かっておるぞ。忍者共」


 そう口にした途端、周囲の茂みが一斉に動き出し、中から人影が飛び出した。

 音もなく秀頼の前に着地して構えたのは、黒色の忍装束を纏った忍者達。

 そしてその真ん中に、サングラスを装着した忍……健太郎が立っていた。

 秀頼と風歌を観察していたのは、『黒鷲一派』の忍だったのである。

 

 「漁夫の利を狙うつもりだったのか知らんが、残念ながら彼女とは戦う気は無くてな」

 「そいつは残念。ケガ人同士潰し合ってくれりゃあ、もうちょい楽にを始末できたんだが」


 腕を組んで緊張感を見せぬ健太郎が、そう呟いた。

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