第19話 気の向くままに商店道
才蔵の口から発せられた協力の申し出に、後方で呑気に観戦していた神楽が口を開く。
「忍者みてーなクソの集団に協力を仰ぐほど、落ちぶれちゃいねーよ」
「まあ、僕も神楽さんと同じ意見ではありますが……わざわざ交渉を持ちかけてきたってことは、それなりの
「左様だ」
話を伺う姿勢を見せた音也に才蔵が頷くと、懐から何かを取り出して音也に投げつける。
片手を上げて音也が掴んだのは、一冊の手帳だった。
開いて中身を見てみると、人の個人情報がずらりと並んでいる。
有毒ガスが消え、音也の元へ歩み寄ってきた神楽がそれを覗き込むと、彼女はその一覧が何であるかに気が付いた。
「これは……危険度の高い犯罪者達じゃねえか!」
そう。才蔵の渡した手帳に載っていたのは、指名手配のされている犯罪者達の名だったのである。
才蔵はゆっくりと腕を組み、交渉を始めた。
「『
才蔵の言う通り、音也と神楽はまだ30にも満たぬ年齢。
他の『六牙将』に比べると、どうしても年期による成果の差があるのだ。
最後に加入して未だ経験の浅い宗重を除く、他の『六牙将』に追いつきたい気持ちは2人共に持ち合わせている。
「その手帳は前金だと思ってくれればいい。我々に協力してくれるのであれば、もっと情報を提供しよう」
真意はともかく、危険度の高い犯罪者達の情報が手に入るのは有益なことだろう。
2人の意思は、僅かに揺らいでいた。
手帳は1ページに1人分、計数十ページにも及んでいる。
それほどの量を前金として渡すほど、『六牙将』と手を組みたいことがあるのだろうか。
「それで? オレ達は何をすればいい」
「『辻斬り太刀花』の行方を見つけ次第、連絡する。殺してほしい」
「……『辻斬り太刀花』、だと!?」
才蔵の言う『協力』は偶然にも、神楽達の目的と合致していたのだ。
2人の表情が一変したのを見た才蔵は頷き、経緯を語る。
「以前、我々『灯治衆』の忍が『辻斬り太刀花』によって殺害されたことがあってな。加えて協力者の組織も立て続けに潰される有様。彼女の存在は、我々にとって害でしかないのだ」
『六牙将』の一角が落とされた今、一刻も早く風歌を除かねばならないと考えている事を才蔵は予期していた。
犯罪者達のリストも手に入り、『辻斬り太刀花』を倒しやすくなる。
彼らにとって、この条件はメリットしかないだろう。
「良い提案だな」
才蔵の話を聞いた神楽がふっと微笑んだ。
しかし、次の瞬間。
「……けど、断る!」
そう言った神楽が足を踏み込むと、才蔵に向かって右ストレートの拳を放った。
寸でのところで後ろに回避した才蔵だったが、その一突きによって発生した突風に数メートルほど吹き飛ばされてしまう。
空中で一回転して着地した才蔵に指をさし、いつの間にか獰猛な顔つきへと変貌した神楽が言い放った。
「どうせウラがあんだろ? 『忍者は裏切る』。世界共通の認識だぜ」
敵意を剥き出しにした表情で、神楽が続ける。
「現に今、オレの拳を分かっていたかのように避けたのがその証拠だ。お前は最初から、オレ達の事を信用していなかった!」
神楽は一瞬で才蔵に詰め寄ると、その顔面に鋭い拳を放つ。
それを回避した才蔵へさらに足を踏み込み、回し蹴りをお見舞いした。
才蔵の体が真横へ吹き飛び、壁に叩きつけられて埃を撒き散らす。
だが、神楽はそれが
音也越しに背後を振り返ると、ずっと後ろの廊下で去っていく才蔵の後ろ姿が見える。
「待ちやが……!」
追いかけようと体を傾けた神楽だったが、才蔵の姿は廊下の先から差す光に紛れて消えてしまった。
『辻斬り太刀花』の復活に加えて『灯治衆』の暗躍。
重松の死亡に呼応する形で、潜んでいた犯罪者達の活動も活発になるだろう。
残された『六牙将』の負担は、増えるばかりであった。
高層ビル群の屋上で。
大量の車や人が往来する交差点を見下ろしながら、才蔵は屋上に座っていた。
その手には携帯端末が握られており、誰かと連絡を取っている。
「やはり、そう上手くはいきませんでしたね」
「けど、損失は無いだろ?」
「ええ。
電話の相手……才蔵が御屋形様と呼んだ男は、任せた交渉が失敗に終わったにも関わらず気楽な様子で連絡に応じていた。
「予定通り、我々への協力を拒否した者と『黒鷲一派』に協力している者をまとめたリストを渡しました」
「いいね。『六牙将』が俺達に協力してくれたら完璧だったんだが……よっぽど嫌われてんだな!」
端末越しに、気持ちの良い笑い声が響く。
「ま、『六牙将』と『辻斬り太刀花』がぶつかる日はそう遠くないはずだ。逃がすなよ。戦争が始まるぜ」
そして御屋形様は端末越しでも分かるほどトーンを落とし、呟くように言った。
「
場所は変わり、春一郎の屋敷にて。
重松との戦いで重傷を負った風歌は、看護係の女構成員達に再び治療を受けていた。
特に裂けた右肩の傷が大きく、アドレナリンが引いた今では腕を少し動かしただけでも痛みを感じる。
しかしそれも治療によってかなり和らぎ、気にならない程度の痛みで済むようになった。
女構成員達に着物を着せてもらった後、ゆっくりと立ち上がって部屋を出る。
中庭に射し込む光が心地良い。
そのまま廊下を歩き、スニーカーを履いて外へ出た。
「どこへ行くのです?」
「んー、散歩だよ」
正門近くで待機していた構成員の質問に、鬱陶しそうに応対する。
嘘ではない。風歌は人の密集する閉鎖空間が苦手なのだ。
街道から少し離れた場所に並ぶ商店街を、あてもなく歩いていく。
商店街は独特の空気があるからか、着物で歩いていても珍しがられることはあまりない。
故に前から歩いてくる風歌に気付いても、避けようとしない者がいるのだ。
血飛沫が弾け、肉の潰れる音。
風歌とすれ違いざまに肩をぶつけた中年男性が、目にも留まらぬ速さで抜刀された椿骸によって背中を一刀されたのである。
人の多い商店街で発生した悲鳴は、思わず血だらけの手で押さえてしまうほど耳が痛くなってしまう。
一目散に逃げ出す者、半笑いで遠巻きに撮影を始める命知らずな野次馬。
様々な反応が発生する中で、野次馬たちを押し退けて一人の人間が風歌の前に現れる。
「『辻斬り太刀花』!」
凛とした太い眉に、ショートカットの黒髪。
現れたのは、鋭い眼光で風歌を睨みながら、拳銃を構える女だった。
女は風歌と目が合った途端にトリガーを引き、発砲する。
ひらりと翻った風歌は火花を散らしながら、発射された弾丸をいとも容易く弾いた。
弾丸を弾いた椿骸は、利き手でない左手で握られている。
右手は下ろしたまま、使用していない。
「ちょうどいいや。左手の練習相手になってよ」
そう言って口の端を持ち上げる風歌。
右肩が怪我をしているから、というのもある。
ただそれ以上に風歌は、目の前の女を全力で戦わなくていい相手であると認識していたのだ。
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