第18話 千変武龍と忍び影
会合が修了し、六牙将の各々はそれぞれの役割へ戻っていく。
建物から出た秀頼は即座にタクシーを拾い、ある場所へと向かった。
「あ、お父さん。いらっしゃい!」
秀頼が訪ねたのは郊外に建てられた、2階建てのそこそこ大きな家。
彼の娘……そして、彼の孫娘が住んでいる家だ。
自身の娘に促され、大きな髭を揺らしながら窮屈そうに屋内へ入っていく。
リビングに座っていた孫娘が秀頼に気付き、即座に駆けつけてくれた。
「おじいちゃん!」
「おぉ~、誕生日おめでとう」
秀頼は駆けつけた娘に軽くハグを行い、その綺麗な髪を撫でる。
そう。今日は孫娘の誕生日なのである。
彼女は今年で14歳。
……失うわけにはいかん。
自身の大切な家族。そして儂と同じく、街の人々が大切にするそれぞれの家族。
その全てを守りたい。
秀頼は孫娘の誕生日を祝いながら、静かにそう決意を固めた。
廊下を早足で歩いていく神楽の後を、音也が慌てて追いかける。
神楽は会合が終わった後も変わらず、苛立ちを隠せない様子であった。
「どいつもこいつも、悠長なこと言いやがって……」
「けど宗重さんの話が本当なら、いずれ向こうからやってくるっすよ」
「お前は! あの
音也の言葉に振り返った神楽が、彼を睨んで指をさす。
すぐに前へ向き直り、より一層苛立ちを表しながら廊下を進み始めた。
「『仕置き烏』栗延 宗重。元『危険度A』の犯罪者だったくせに、何を正義の味方ぶってんだか」
「確か……所属していた組織を裏切っての加入でしたっけ?」
「ああ。」
2人が語る通り、宗重は元『危険度A』の犯罪者だった。
『六牙将』に加入したのはほんの一年ほど前。
自身の所属していた犯罪組織を裏切って秩序側に付き、長い服役を経たのちに『六牙将』への加入を果たしたのである。
「オレは今でも、あいつを『六牙将』だとは認めちゃいねぇ」
「ま、いまいち何考えてるのかも分かりませんしね……」
ため息交じりに神楽へ同意を示した音也。
そんな中、彼は何かに気付いて足を止めた。
突然立ち止まった音也に、神楽も思わず振り返る。
そして、次の瞬間。
音也はおもむろに取り出した槍を構えると、弾丸のような速度で天井を突き刺した。
破壊された天井がバラバラと欠片を落としながら、穴を広げていく。
「逃げられ……いや!」
独り言の途中で、音也が背後を振り返った。
そこにはいつ現れたのか、紫色の忍装束を纏った大柄な影が佇んでいる。
「気付かれてしまうとはな。流石は人間離れした感覚を持つと言われている『千変武龍』よ」
「紫色の忍装束……アンタ、『灯治衆』の忍かいッ!」
そう言って放たれた音也の薙ぎ払いを宙返りで回避し、忍はドスンと着地して答えた。
「
濁すことなく回答した忍は少し腰を落とした後、まるで時間が飛んだかのような速さでナイフを投げる。
投げられた計4本のナイフを軽やかに撃ち落した音也の前で、忍はその太い腕を組んで名乗りを上げた。
「私は灯治衆
彼の名乗りを聞いた音也は、眉を持ち上げておどけるような表情を見せる。
「聞いたことのある名前だな? 忍のくせに名を名乗るたぁ珍しい」
「名乗らぬ忍は御身が暴かれることを恐れているだけのこと。捕まらぬ自信があれば、むしろ名乗る方が噂が広まって好都合だ」
音也の言葉にそう返した才蔵は、再びナイフを投げつけた。
先程と同様に、音也は槍を振り回してナイフを撃ち払おうとする。
だが今回飛んできたナイフは、ひと味違っていた。
槍が触れた途端、まるで
折れたナイフの割れ目から、白い煙が一気に溢れ出した。
音也達を囲うように拡散されていく煙を見て、腕を組んでいた神楽が呆れたように呟く。
「忍者は好きだねぇ、煙使うの」
「……いや! ただの煙じゃねえ!」
神楽とは異なり、隣の音也は焦りの表情を見せていた。
槍で空気を切り裂いて煙に穴を空け、空いた穴を潜り抜けて前へと足を踏み込む。
「だァッ!!」
大きく振りかぶり、才蔵に向かって横薙ぎを放った。
狭い廊下の端から端まで駆け抜けた穂先は壁に激突し、分厚いコンクリートにその刃を埋める。
後ろに下がって横薙ぎを回避した才蔵だったが、音也はそれ以上に速かった。
下がる際に離した才蔵の足が付くよりも早く、その胴体に槍が放たれる。
空間を貫くかのような一撃が、才蔵の腹を突いた。
と、思っていたのだが。
「ッ!」
槍が貫いたのは、才蔵の忍装束を纏った1メートルほどの丸太だった。
『
自分の代わりとして丸太や衣服を用意し、敵に攻撃をさせる忍術である。
丸太のすぐ後ろに現れた才蔵が、忍装束の下に映るシワの入った目を細めて笑った。
「先の煙が有毒ガスであることに気付くとは。無臭のものを使っていたのだが」
「なんとなくさ!」
「だが、足元の異変には気付かなかったようだな?」
「なんだと?」
才蔵の指摘を受けた音也が足下に視線を向ける。
そこで彼は、ようやく異変に気付いてしまった。
足下に、薄い水たまりのようなものが広がっている。
そこを踏む音也の靴が、煙を立てて
「なに……ッ!?」
足下に気を取られた隙に、才蔵が数本の手裏剣を放つ。
音也は槍を振り回して手裏剣を弾くが、彼の靴はどんどん溶けていく。
このまま立っていれば、靴を溶かす程の液体が足に及ぶ。
かと言って後ろに下がれば、有毒ガスの充満する空間へ飛び込むことになる。
前へ進もうとすれば、手裏剣の餌食だろう。
「まあ、待て」
打開策を考えていた音也の思考は、才蔵の言葉に一瞬だけ止められた。
「私は戦いに来たのではない。一つ『話』をしに来たのだ」
「なんだと……?」
音也の靴が徐々に溶けていく中、軽く手を上げた才蔵はここに現れた理由を口にする。
「我々『灯治衆』と、手を組む気はないか?」
そう口にした才蔵の眼は、鷹のように鋭い眼光を放っていた。
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