第17話 鬼打ち刃に風の音

 重松の血液と共に、力が。意識が。

 抜けていく。


 風歌は重松の突きを喰らうと同時に、足を踏み込んで彼の腹を刺したのだ。

 刀を引き抜くと、決壊したダムのように血が溢れ出していく。


 「死ねッ!!」


 致命傷を与えられて意識を朦朧とさせる重松へトドメを刺すべく、風歌が刀を返した。

 しかしそんな彼女に、一つの存在が急接近する。


 「!」


 ひづめの音を上げて突進してきたのは、重松の愛馬だった。

 戦車に衝突して傷を負っていたにも関わらず、主の危機に再び立ち上がったのである。

 風歌がその突進を回避した隙に、寄りかかった重松が不安定ながら乗馬に成功する。

 

 「来てくれたのか、紅獅べにし……」


 重松は馬上で体を起こしながら、駆け付けてくれた愛馬……紅獅の名を呟く。

 紅獅はそれに応えるように赤いたてがみを揺らし、鼻息を吐いた。

 

 紅獅の体もかなり消耗している。

 だが紅獅にも、風歌を止めなければならないという『正義感』があった。

 致命傷を負った重松の体を、紅獅の『正義感』が支えるのである。


 「ぶるるるっ!!」

 

 紅獅は脚を返し、風歌のいる方へと振り返った。

 その太い脚に血液を走らせ、力いっぱいに地を蹴って突進する。

 馬上の重松も、残る力を絞って薙刀を構えた。


 「うおおおおおおおおおおッッッ!!!!!」


 怒号を上げ、風歌へ薙刀を振り下ろす。

 重松の腕力と紅獅の体重とが乗った薙刀は、風歌の刀とぶつかり合って鈍い玉鋼の音を立て、彼女のバランスを崩し始めた。

 我武者羅がむしゃらに振り回された薙刀は、死に瀕してもなお風歌の力に勝っている。


 だが、しかし。


 風歌を倒すには、あまりにも消耗し過ぎていた。

 

 重松の薙刀を弾いた風歌が翻ると、紅獅の横っ腹に斜め一閃の刀を放つ。

 肉が裂けてバランスを崩した紅獅に、馬上の重松は大きく揺られた。

 そこに生まれた隙を逃すことなく、風歌は地を蹴って跳躍する。


 そして、重松の首に一筋の線が渡った。


 「……!!」

 

 くるりと回転しながら着地した風歌の前で、重松の体がゆっくりと傾きを見せる。

 首から血を飛ばし、重松はずるりと落馬した。


 2メートルを越える巨体が地面に倒れ、砂埃が四散する。

 首を斬られ、彼は虫の息となっていた。

 首を斬られてもまだ息をしているのは、まさに『鬼』の名に相応しい執念だろう。


 「最期は武人らしく殺してやるよ」


 失血による衰弱死ではなく、完全にとどめを刺して最期を迎えさせる。

 それは風歌の中で存在するさむらいとしての敬意などではなく、この手で『六牙将』を殺したという実感が欲しかったからだ。

 風歌は血の溢れる右肩を押さえながら、刀を握り直して重松の隣に立つ。


 「……」


 両手で刀を握った風歌に対して、重松は何も言うことはなかった。

 何も言えないくらいに弱っているのか、それとも風歌へ何か言う事を拒否しているのか。

 その真意は、風歌には分からない。


 「じゃあね」


 それだけを告げ、風歌は彼の胸へ椿骸を突き刺した。

 体重を預けて振り下ろされた椿骸は鎧を貫いて肉ごと肋骨を断ち、心臓を突いて重松の生命を終わらせる。



 ……。

 

 

 「……帰るか」


 呼吸すらしなくなった重松の死体を少し眺めた後、風歌はそれだけを呟いて踵を返し、その場を静かに去っていった。






 風歌が立ち去った後、瀕死の紅獅は重松の死体へと身を引きずって寄せる。

 彼の横腹は、風歌によって大きな裂け目を生み出していた。

 そこからとめどなく溢れ出していく血液は、もう彼の命が助からないことを示している。


 「……ぶるる」


 紅獅は一つ鼻息を鳴らした後、既に亡き主へ寄り添い静かに目を瞑った。





 

 『六牙将』が一人、『薙ぎ赤鬼』大関おおせき 重松しげまつの死去。

 その一大ニュースは瞬く間に世間を駆け巡り、人々の心に暗雲をもたらした。

 あらゆる犯罪者たちを倒してきた最強の戦力『六牙将』の一人が、たった一人の犯罪者に倒されたのである。

 その動揺は民衆だけに限らず、他の『六牙将』も同様だった。


 「ふざけやがって!!」


 怒声を張り上げ、『稲火狩りいなびかり飛ヶ谷ひがたに 神楽かぐらが机を叩いた。

 怒りに任せた拳は頑強な机にヒビを入れ、数センチの陥没を生み出す。

 椿骸が奪われた事。そして『六牙将』の一角が落とされた事を受け、『六牙将』達はある一室に緊急で集まっていた。

 

 「……儂のせいじゃ。儂が奪われる前に奴らを止めていれば」


 俯いた状態で、しわだらけの目をさらに細めた『囲炉裏天狗いろりてんぐ阿弥忠あみただ 秀頼ひでよりが呟く。

 

 「ああそうだよ! お前と! 韓陽のせいで重松は死んだんだ!!」

 「神楽さん!」


 神楽の怒声に堪えかねた、『千変武龍せんぺんぶりゅう絹越きぬごし 音也おとやが声を張り上げる。

 彼の声を耳にした神楽は少し冷静さを取り戻したのか、「……チッ」と小さく舌打ちをしてうつむいた。

 微動だにせず黙って聞いていた『刀皇とうおう錦馬にしきば 韓陽かんようが、緑色の兜で表情を隠したまま口を開く。


 「椿骸が奪われたことは悪かった。責任を取って、どんな手を使ってでも『辻斬り太刀花』を追おう」

 「いーや、少し待ってくれ」


 韓陽の言葉に、待ったをかけた男がいた。

 『仕置きからす栗延くりのべ 宗重むねしげである。

 彼は彫りの深い顔に笑みを浮かべると、振り返った韓陽に頼みごとを行った。


 「『辻斬り太刀花』の動向はこっちで探しておこう。その代わり、アンタに稽古を付けてもらいたい人がいる」


 そう言った宗重の隣に、一つの影が現れる。

 風歌に2度も敗れ、宗重に命を救われた男……佐々木 十兵衛だ。

 十兵衛はボーラーハットを外して綺麗に頭を下げると、静かに口を開く。


 「俺は『辻斬り太刀花』を2度も取り逃してしまい、そのせいで大勢の人が犠牲になった」


 黙って聞く韓陽に、十兵衛は自身の決意を表明した。

 

 「この罪悪感を拭うには、『辻斬り太刀花』をこの手で倒せるようになるしかない。そう思ってる。例え刺し違えてでも、だ」

 「気持ちは分かりますが……急いで『辻斬り太刀花』を倒しに行かなきゃいけないのに、呑気に稽古だなんて」


 即座に音也が難色を示す。

 別に十兵衛が嫌いなわけではないし、それなりに実力のある者だろうというのは立ち振る舞いで何となく分かる。

 ただ、『そんな暇はない』と思ったのだ。


 「俺はむしろ、逆だと思ってる」


 だがそんな反論が出ることを、宗重は想定済みだった。

 彼は十兵衛から聞いた、彼女の目的を語る。


 「彼女の目的は俺たち『六牙将』の殺害だそうだ。だったら韓陽が外へ出なくとも、いずれは彼の元へ姿を現すはず」


 風歌の目的は『六牙将』を全員殺害し、実力を誇示することで誰からも狙われない平穏な日常を送る事。

 その目的が本当であれば、むしろ戦力の増強に時間を費やした方が合理的だろう。


 「一理ある」


 宗重の話を聞いた韓陽は腕を組んでそう呟き、しばらくの間沈黙した。

 その後顔を上げ、十兵衛に目を合わせて口を開く。


 「分かった。私はお前の要望に応えよう」


 こうして風歌に2度負けた男十兵衛は、風歌に1度勝った男からの指南を受ける事となった。

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