第16話 薙ぎのつわもの、断ちのつわもの

 待ちきれない気持ちを存分に放出しながら、先に仕掛けたのは風歌だった。

 スニーカーで地面を蹴って一気に走ると、重松が迎撃のために放った横薙ぎをスライディングで回避する。

 続けて放たれた薙刀による叩き付けを弾いた後、上体を持ち上げつつ次の薙ぎ払いをガードした。

 

 やはり他の刀に比べると、椿骸を握った時の感覚は圧倒的に違う。

 以前戦った時よりも、はっきりと動きが見える。

 『辻斬り太刀花』は、戻ってきたのだ。


 数合の打ち合いを行った後、重松が片脚と共に薙刀を腰まで引き寄せる。

 危険を察知した風歌が横を向いて上半身を反らした瞬間、時が飛んだかのような速さの突きが駆け抜けた。


 胸元のすぐ上を通る薙刀の刃から、妥協のない殺意がビリビリと伝わってくる。


 「だァら!」


 刀を翻して薙刀の柄を弾き、重松に向かって突き上げるような蹴りを放った。

 スニーカーが胸元の鎧に刺さり、鎧越しに重松の肋骨ろっこつを揺らす。


 「むうんッ!」


 足を引いて振るわれた重松の薙刀を、風歌は宙返りで回避した。

 その一振りで発生した風圧が、彼女の着物にばさばさと揺さぶりをかける。

 先程の蹴りはクリーンヒットしたはずだ。にも関わらず、重松の体幹は一つとしてぶれることはない。


 「……ぶった斬るしか、方法はねえってことか」


 振り下ろされた薙刀を弾いた風歌が、静かに呟いた。


 「ぶった斬られるのは貴様の方だ『太刀花』ッ!!」


 大きく薙刀を振りかぶり、腰を重く落とした重松が叫ぶ。

 放たれた横薙ぎの一閃が、風歌を襲った。


 切り裂かれた空間が陽炎かげろうのような歪みを起こすほどの一振り。

 跳んで回避した風歌の動きを読んでいたかのように、重松は足を踏み込んで素早く薙刀を引いた。

 即座に放たれた縦一文字が、風歌の頭上に迫る。


 「――――ッ!?」


 直前の横薙ぎを回避すべく跳躍していた風歌は、迫る薙刀の刃を回避することができない。

 刀を横にして受け止めると、数十キロにも及ぶ重さが腕を伝って全身を突き抜けた。

 玉鋼を打つ重い音が響き、その圧倒的な衝撃によって風歌の体が地面に叩きつけられる。


 「ぐッ!」


 みしみしと背中が痛みを訴えるが、そんなことを気にしている場合ではない。

 一回転させてもう一度振り下ろされた薙刀を、横に転がることで回避した。

 立ち上がろうとした所に払うような横一閃が放たれ、風歌は片膝立ちの状態でそれを受け止める。


 相変わらず『薙ぎ赤鬼』の攻撃は

 威力というものは、『質量』と『速さ』が掛け合わさってできるものだ。

 重松の巨体を越える長さを誇る大薙刀に、それを軽々と振り回す彼の剛腕。

 力比べでは、圧倒的に重松が勝るであろう。


 だが、しかし。


 仮面越しでも分かる。

 重松は明らかに、消耗していた。


 最初に戦車と真正面からぶつかり合った時の痛みが、疲労が乗って今頃効いてきたのである。

 風歌は刀で薙刀を弾き上げると、少し距離を取ってからそれを指摘した。


 「疲れてきているみたいだね?」


 そう言ってゆらりと予備動作を見せた後、唐突に俊足を見せる。

 獲物に飛びかかる蛇の如き速度で接近すると、斜め下から切り上げを放った。


 「くッ!」


 薙刀の柄の部分で切り上げを防いだ重松に対し、防がれた風歌は既に地を蹴って体を浮かせていた。

 体を翻して胸部に蹴りを放ち、その足を軸にさらに空中で一回転。

 続けざまに反対側の踵を、重松の側頭部へ叩き込んだ。

 

 「ぬう……ッ!!」


 兜越しとはいえ、風歌の蹴りによる衝撃は頭蓋ずがいまで十分に到達する。

 しかし彼は揺れる意識に耐えつつ、風歌の着物のえりを掴んだ。


 丸太のように太い剛腕をもって、風歌を地面に叩きつける。

 間髪入れずに横腹を蹴り、その小さな体を数メートル先まで蹴飛ばした。


 「ごほッ……! がッ……!!」


 風歌は顔面から叩きつけられたことによるひりひりとした痛みと、締め付ける腹の痛みに体を丸めて耐える。

 その様子を構えながら眺めていた重松は、自身の左手に異変を感じた。


 陶器の割れるような音が鳴り、前腕を覆う籠手こてが真っ二つに割れたのである。

 それだけじゃない。

 その割れた隙間から、鮮血が飛び散ったのだ。


 「なに……?」

 「へ、へへ……」


 痛む体を持ち上げながら、風歌は笑っていた。

 先程の。蹴りを受けた重松が風歌を掴んで叩きつけるそのほんの僅かな一瞬で、風歌は自身を掴む重松の腕を斬ったのである。

 

 心拍に合わせて少しずつ流れ出していく血液は、風歌の方へ有利が傾き始めていることを示してた。

 数十トンもの重戦車と正面から激突し、頭を揺さぶられたあげく左前腕から出血を起こしている。

 常人であれば、死んでいてもおかしくない状態だ。


 だが、しかし。


 「俺はまだ、倒れんぞ……!!」


 重松はその二本脚を崩すことはない。

 ここで彼女を逃がしてしまえば、大勢の人々が危険に晒されてしまう。

 『六牙将』ですら仕留めることが非常に難しくなる。今まさに重松が追い詰められているこの状況が、何よりの証拠だ。


 だからこそ。

 重松は、倒れるわけにはいかないのだ。


 「おおッ!!」

 

 薙刀を振りかぶり、重松は風歌に向かって横薙ぎを放つ。

 それを風歌が回避するのは分かっていた。


 背面跳びで軌道を避けた風歌を見て、重松が動く。


 具足の音を鳴らし、薙刀を返しつつ踏み込んだ。

 縦一文字の攻撃を受け止めた風歌を見て、重松はさらにもう一歩足を前に出す。


 脇を引き締めると、その大きな刃で突きを放った。


 「ッ!」


 全体重を乗せた一撃に死を感じ取った風歌は、受け流すべく刀を構えて刃を受ける。

 

 

 重戦車と真正面からぶつかり合ったにも関わらず、その力が削れることはない。

 あの大薙刀をまだ振り回せるとは凄まじい耐久力だ。

 風歌は重松の突きを流し切ることができず、肩の上を大きくえぐられてしまう。


 だが、しかし。


 「……!!」


 同時に、重松の腹部へ風歌の刀が突き刺さっていた。

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