第14話 春に吹かれる風歌の

 一つ、また一つと矢が放たれる。

 一部の車は矢を受けて破壊されていくが、『特攻隊』のスポーツカー達はめげずに矢を避けながら秀頼達に近付いていた。


 時速100kmを越える速度により、『特攻隊』達は一気に秀頼達の乗るビークル車へ接近し、後ろを囲う形で陣形を取る。


 横に着いていたスポーツカーがハンドルを切り、ビークル車へ体当たりを行った。


 「ッ!!」


 車体が大きく揺れ、『六牙将』2人の体幹が僅かに乱れる。

 後ろからも車が小突いており、ビークル車が危険な状態に晒される。


 「小賢しい真似を……」


 韓陽は呆れたようにため息を吐くと、ゆっくりと刀を抜いた。

 屋根を蹴って飛び上がり、後方に張り付いているスポーツカーのボンネットに着地する。


 そして、次の瞬間。


 金属のひしゃげる音を響かせて、スポーツカーが前後真っ二つに割れた。

 後輪を切り離されたスポーツカーは制御を失い、ぐるぐるとスリップを起こして減速していく。

 韓陽はボンネットから飛ぶと、次なる車の元へと着地した。

 そして時を飛ばしたかのように、車が一瞬にして切断されてしまう。

 

 「畜生ッ!」


 危険を予知した『特攻隊』がビークル車から離れ、ハンドガンを取り出して窓を開けた。

 しかし、そこに秀頼の矢が突っ込んでくる。


 硝子ガラスの砕ける音が車体に大穴を穿うがち、車は制御を失って脱落した。

 韓陽、秀頼ともに数台の車を破壊しており、残る『特攻隊』の車はあと2台。


 そのうち一台が追突を仕掛けてきたのを見て、韓陽が刀を構えて飛翔する。

 ボンネットへ着地すると同時に車体が割れ、縦一閃によって真っ二つに分かれた。


 その時、割れた車内から飛び出した影が、韓陽に襲い掛かる。


 「!」


 韓陽は影が放った攻撃を宙返りで回避し、ビークル車へと帰還した。

 それをあらかじめ知っていたかのように、影はボンネットを蹴ってビークル車へしがみつく。


 風に揺れる一反木綿のような滑らかな動きで韓陽の刀を回避しつつ、車の下へ滑り込んだ。

 

 次の瞬間。タイヤがバランスを崩し、車体が大きく揺れる。

 下に潜った忍者が車の後輪へ刀を刺し、欠損パンクさせたのだ。


 「ちっ!」


 韓陽は制御を失ったビークル車を捨てて飛び上がり、前を走るトラックが背負う……『椿骸』を積んだコンテナの上へ飛び移る。

 ビークル車が潰れたとはいえ、秀頼のビークル車は無事だしトラックも無傷だ。

 もう一台いた『特攻隊』も秀頼が破壊し、脱落している。


 だが2人は、その時点でだという事に気付いてしまった。


 顔を上げた2人の額に汗が伝う。


 韓陽達が『特攻隊』の対処をしているうちに、他の襲撃者の接近を許してしまったのだ。

 黒い車の群れと風歌の乗る一台のトラックが、すぐそこまで迫っている。


 「ぬぅ……!」


 慌てた秀頼が弓を引く。

 しかしそれよりも早く、トラックに異変が発生した。


 金属が歪み、ひしゃげて千切れる鈍高い音。

 コンテナをぶち破り、中から『巨大なもの』が飛び出した。

 その『巨大なもの』の姿を見た韓陽と秀頼は、普段の荘厳な顔つきからは想像できないほどの驚愕を見せ、その『巨大なもの』の名を口にする。


 「せ、『戦車』……ッ!?」


 そう。

 コンテナを突き破り、トラックを踏みつけて現れたのは深緑色の重戦車だった。

 激しく回転する履帯りたいがトラックのフロント部分を引きつぶし、重い音を立てて道路を掴む。


 その分厚い装甲は、秀頼の矢をもってしても刺さるだけで貫けない。

 巨大な体躯を唸らせて、戦車は容赦なく秀頼の乗るビークル車に迫った。


 崩れるコンテナから戦車の頭に飛び移った風歌が、笑みを浮かべて2人の『六牙将』を睨む。

 

 次の瞬間、眩い光が辺りを覆った。

 鼓膜を叩き割るかのような破裂音と共に、戦車が砲撃を行ったのである。


 至近距離から放たれる重戦車の砲撃には、流石の『六牙将』も敵わない。

 砲弾がトラックのコンテナに突き刺さり、大爆発を巻き起こした。


 噴火した火山の如く火と煙とを撒き散らし、トラックが力なく停止する。

 熱と爆風で溶け落ちるコンテナから逃れた韓陽の元へ、秀頼の乗ったビークル車が駆け付けた。


 「なんてことだ……」

 

 屋根から飛び降りた秀頼は、韓陽と共に停止している戦車を睨みつけて戦闘態勢を取る。

 しかし戦車を見てあることに気付いた2人の表情が、一気に狼狽へと変化した。


 戦車の上に乗っていたはずの『辻斬り太刀花』が、いつの間にか姿を消しているのである。


 


 その時。刃が閃く、美しくも血気ある音色が響いた。


 


 韓陽と秀康の背後、コンテナから燃え上がっていた炎が半円状に揺らぎを見せる。

 コンテナを一周する形で線が走り、後方部分が炎を纏って崩れ落ちた。


 後ろ半分が綺麗に切断され、コンテナの内部が奥まで見えるようになる。


 そこには、一人の影が座っていた。


 

 「おひけえなすって お立合い!」


 威勢よく、張りのある声音が辺りに響く。


 「春に吹かれる 風歌かざうたの!」

 

 影は片膝を立て、右腕を隣へ伸ばしている。


 「極楽目指してツ街道!」


 その手には、一振りの刀が握られていた。


 「いとしき刀を 落掌らくしょうし!」


 その刀の名は妖刀『椿骸』。

 

 「彼岸ひがんごくより 返り咲く!」


 影はゆらりと立ち上がり、腰を落として構えを取る。

 刀を頭の後ろに持ってきて、左手のてのひらを前に突き出した構えだ。

 

 「人斬りこうを 札付きに!」


 短いポニーテールを作る明るめの茶髪に、雪のように白く滑らかな肌。

 橙色の着物から覗くスニーカーが、力強くコンテナの床を踏みしめている。


 「あやの『太刀花たちばな』たぁ、私の事よ!」


 橘 風歌は、煌びやかにそう名乗りを上げた。



 風歌は戦車の砲撃に合わせて炎へ飛び込み、コンテナ内に侵入して椿骸を奪取したのである。

 ついに椿骸が、風歌の手に渡ったのだ。


 名乗りを終えた風歌は、コンテナを強く踏んで飛び上がる。

 それと同時に、後ろで停止していた戦車が動きを再開した。

 履帯を力強く回し始め、ゆっくりとコンテナに向かって直進していく。


 頭に風歌が飛び乗った戦車はコンテナに履帯を食い込ませ、ゆっくりと潰し始めた。

 徐々に早くなっていく履帯の回転を見た秀頼が、咄嗟に走り出す。


 「韓陽! ここは任せたぞッ!」

 

 韓陽に向かって一つ叫んだ秀頼は、近くで止まっていたスポーツカーのドアを開けて乗り込んだ。

 その真っ白な髭面をフロントガラスに近付けると、コンテナを轢き潰して走り始めた戦車が見える。


 秀頼は素早い手つきでエンジンを起動し、風歌の乗った戦車を追うべくアクセルを踏んだ。

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