第13話 注ぐ矢の雨、火の大渦
秀頼は齢70を超える、人によってはかなりの衰えがあってもおかしくない年齢だ。
にも関わらず、豪傑揃いの『六牙将』に名を連ねる怪物。
老いてますます盛んな、歴戦の老兵である。
彼には孫がいた。
赤子の頃から顔を知り、自身の子供……彼女の両親と同じくらいの時間を過ごした愛すべき少女である。
そんな彼女は今や中学生。制服を纏い、
秀頼は健やかに育っていく彼女を、微笑ましく思っていた。
だからこそ。
彼女と同じくらいの歳をした風歌に、殺す気で向かうことができないのである。
「それを、一度彼女と戦ったことのある私に言いますか」
「戦ったからこそ、おぬしに話したのじゃよ」
半ば嫌味っぽく反応した韓陽に対して、秀頼はそう言葉を返した。
全力の風歌と直接戦った経験があるのは、今のところ韓陽一人のみ。
最も『辻斬り太刀花』に対する敵意が高い人物だからこそ、秀頼は意見を聞きたかったのだ。
「儂はあの子の事情など知らぬし、たとえ事情があっても許されぬ行為をしていることは分かってる。ただ……」
秀頼の遠くを見つめる瞳が、僅かに物悲しさを
「あの歳の子が、身を置いていい状況ではないだろう」
秀頼の言葉に、韓陽は肯定も否定もできなかった。
『辻斬り太刀花』は実力者による殺害を許可されているほど危険な人物『危険度A』の犯罪者であり、韓陽自身もその凶暴性は間近に見ている。
だがそんな扱いを受けるには、あまりにも若すぎる。
秀頼の気持ちも、理解はできるのだ。
「否定はしませぬ」
言葉を考えた後、韓陽はそれだけを返す。
その短い言葉に詰まった言葉選びの葛藤は、十分すぎるくらい秀頼に伝わっていた。
「ま、儂はその方向で努力してみようかなというだけじゃ。本当に危機を感じる瞬間には、たとえ孫と同じくらいの少女だろうと本気で命を奪いに行く。」
おぬしが気にすることではない。単なる決意表明じゃと秀頼が付け加えた後、再び静けさが戻る。
ビークル車の上で追い風に揺られ始めて、数十分が経った頃。
「!」
突然、韓陽の眼光に力がこもった。
時が飛んだかのような速度で抜刀を行うと、音の速さで突っ込んできた
弾丸は綺麗な真っ二つとなり、慣性に従ってどこかへ散っていった。
「来ましたな」
「うむ」
韓陽と秀頼の2人は、短い言葉で意思を取る。
韓陽と秀頼は弾丸の飛んできた方向、遥か遠くの襲撃者を見据えて戦闘態勢を取った。
「はえ~、あの距離で気付くか!」
車の上でうつ伏せになり、ライフルのスコープを覗く男が関心の声を上げる。
彼の名は
黒鷲一派に
透弥は続けてトリガーを引くが、スコープの先で韓陽が全て撃ち落している。
『六牙将』本体に銃弾を当てるのは、不可能と言って良いだろう。
「えー、『刀皇』に当てるのは無理っぽい。車のタイヤを狙うぜ」
インカムに声をかけ、後ろを追従する十数台の車へ意思を伝える。
その後ろ、最後尾には大型トラックが付いていた。
荷台に背負う巨大なコンテナの上には、風歌が胡坐をかいて座っている。
「了解。崩れた所で一気に詰める」
「オーケー!」
インカムで返事が返ってきた透弥は意気揚々と返事を返し、車のタイヤを狙うべくスコープを覗いた。
その瞬間、彼の顔が一気に青ざめる。
「やべぇっ!!」
彼がスコープ越しに見たのは、凄まじい速度で目の前まで接近していた
次の瞬間。
透弥の乗っていた車に衝撃が走り、爆ぜる。
金属と
すぐ後ろについていたもう一台の車も巻き込まれ、ボンネットが破壊されてしまう。
透弥の車を破壊したのは、人の腕よりも長い白羽の矢。
数百メートル先から放たれた、秀頼の矢だった。
秀頼はビークル車の上で、次なる矢を大弓に
丸太のように太い上腕を使って矢を引き絞り、遠く離れた追跡者を睨んだ。
指を弾くと、矢が消える。
弦の揺れる音と風を切る音のみを残し、追い風を受けた矢は一直線に飛んでいった。
一台、また一台と。
黒鷲一派の車には次々と秀頼の矢が直撃し、再起不能の大事故を引き起こしていく。
トラックのコンテナの上で
コンテナの角を掴み、浮かぶ体を引き留める。
「!」
風歌はトラックに迫る秀頼の矢に気付くと、コンテナからボンネットに滑り降りて抜刀した。
金属音を弾ませ、フロントガラスに向かって突っ込んできた矢を撃ち落とす。
「あの矢をどうにかしないとマズいな……」
別の車に乗っていた健太郎が、ずれたサングラスを戻しつつ呟いた。
こちらからの狙撃は防がれ、向こうからは次々と矢が飛んでくる。
透弥が乗っていた車を爆破されたことでリタイアし、秀頼に張り合える狙撃手がいない状態だ。
近付きさえすれば、『切り札』はあるのに……。
「よし!」
健太郎は少し考えた後、インカムを通じて全員に指示を飛ばす。
「あの矢が見えた奴は『特攻隊』の車に乗ってくれ! 仕掛けるぞ!」
健太郎たちの車の後ろに並んでいる『特攻隊』。
赤、青、黄、多彩な色のスポーツカー達が、自分たちの出番は今か今かと待ち望んでいた。
何人かがインカムから返事をすると、前を走る車達の一部が減速して『特攻隊』の車に車体を近付ける。
開けた扉から飛び出した実力者達が、スポーツカーの運転手と入れ替わって運転座席に座った。
減速した車達と入れ替わる形でスポーツカー達が前に出ると、アクセルを踏んで一気に加速する。
「!」
『特攻隊』の車の一つが、飛んできた矢に気付いて急ハンドルを切った。
紙一重で秀頼の矢を回避し、軌道を戻して再び走り出す。
「行くぞッ!」
スポーツカーに乗った『特攻隊』達は、襲い来る矢を避けながら徐々に韓陽と秀頼の元へ近付いていた。
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